コラム

1ドル札がテロリストの証拠......反体制派の摘発に躍起になるトルコの暴走

2020年09月04日(金)19時00分

クーデター関連容疑で28万人以上が拘束された(写真は労働組合のデモ活動を取り締まるトルコ警察) Umit Bektas-REUTERS

<政府が反体制派と見なす人物を恣意的に拘束するためにテロ容疑が乱用されているトルコ。あるアメリカ市民は持っていた1ドル札を理由に突然逮捕され、それから3年間独房に収監された>

この1ドル札が、あなたがテロリストである証拠だ──。

裁判でそう告げられ、トルコの独房に3年間収監されたアメリカ市民のセルカン・ゴルゲが6月、自宅のあるヒューストンに戻った。

ゴルゲがトルコで拘束されたのは2016年7月、トルコでクーデター未遂が発生した約1週間後のことだ。ゴルゲはNASAに所属する科学者だった。家族を連れトルコの親戚を訪問中、彼がCIAの工作員でエルドアン政権と対立するギュレン運動の一員だという匿名の密告があり、警察によって突然逮捕された。

トルコ当局はクーデターの首謀者はギュレン運動指導者フェトフッラー・ギュレン師であると断定。トルコ内相は今年7月、これまでに28万2790人が同クーデター関連容疑で拘束され、そのうち9万4975人が逮捕されたと発表した。ゴルゲもその1人だ。

トルコ当局は、ゴルゲの私物から発見された1ドル札を彼がテロリストである証拠として採用した。ギュレン運動が信者に対し入会の証しとして与えるのが1ドル札だからだという。英インディペンデント紙の取材に対し、ゴルゲは自身に対するテロ容疑は「ゴミみたいなものだ」と吐き捨てた。

ゴルゲに太陽の光を浴びることが許されたのは、1日に1時間だけだった。彼は瞑想と腕立て伏せにより、鬱状態を克服しようと努めた。夕方から夜中にかけては毎日のように尋問され、ギュレン運動のメンバーの名前を明かせ、さもなければ刑期を延長すると脅迫され続けたという。彼はその日々について、「精神的に追い詰めることが目的だったのだと思う」と振り返る。

トルコの裁判所は7月3日、アムネスティ・インターナショナル・トルコの名誉会長を含む人権活動家4人に対してテロ容疑で有罪判決を下した。

国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は同8日、EUに対し、「トルコにおける基本的人権と自由の尊重の急激な低下に対処し、政府に真の改革を実行するよう促す」公開書簡を送った。HRWはトルコ政府が司法を支配し、政府が反体制派と見なす人物を恣意的に拘束するためにテロ容疑を乱用していると非難する。

8月5日には欧州評議会の拷問防止委員会(CPT)が、トルコの警察と刑務所における虐待や拷問について、身体的傷害の証拠を伴う調査報告書を発表し、トルコ当局に改善を迫った。同月にはトルコ人医師が匿名で、収容所での暴力で顔面や頭蓋骨が破壊されたり、異物を使って性的拷問を受けた収容者を診察したと、ジャーナリストのジェヘリ・ギュバンに明かした。

【関連記事】コロナ禍で逆にグローバル化を進めるテロ組織とあの国
【関連記事】斬首、毒殺......イランで続発する「名誉殺人」という不名誉

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ハイネケン、25年ビール販売「小幅減」に下方修正 

ワールド

タイ中銀、金融緩和維持へ 景気回復を支援=議事要旨

ワールド

外相と協力して日米関税合意の実施に取り組む=赤沢経

ワールド

クリントン元大統領の証言調整、エプスタイン氏との関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story