コラム

斬首、毒殺......イランで続発する「名誉殺人」という不名誉

2020年07月31日(金)16時40分

名誉殺人はイランだけの問題ではない(テヘラン) NAZANIN TABATABAEE-WANA-REUTERS

<家族内の女性が「名誉を汚す行動」をしたり、そう噂されたときに、当該女性を殺害する名誉殺人。勧められた結婚の拒否、性的暴行被害のほか、運動することや高等教育・キャリアを望む姿勢も「名誉を汚す行動」に含まれる>

年上の「彼氏」と駆け落ちした14歳の少女が家に連れ戻されたあと父親に鎌で斬首され死亡、夫以外の男と関係したと疑われた18歳の妊婦が父親と兄弟に毒を飲まされ死亡、夫以外の男と逃走した19歳の女性が夫といとこによって斬首され死亡、帰宅が遅れた22 歳の女性が父親に鉄の棒で殴られて死亡......。

これらはいずれも、2カ月ほどの間にイランで発生したいわゆる「名誉殺人」である。

名誉殺人は家族の名誉の回復を目的として実行される殺人だ。家族内の女性が「名誉を汚す行動」をしたり、そう噂されたりした場合に、当該女性を殺害することで名誉を回復させることができる、と信じられている。

根源にあるのは、名誉が慎み深さや「処女性」と結び付いており、家族の名誉は家族内の女性の行動に懸かっているという考えだ。女性の家族の行動を管理するのは男性の責任だとされる。この考えを共有する人々の中で、名誉殺人は今も容認されている。

「名誉を汚す行動」には、勧められた結婚を拒否する、異性と交流する、性的暴行の被害を受けるなどのほか、自転車に乗る、運動をするといった「処女性」を失う可能性のある行動や、「西洋的過ぎる」こと、つまり両親に従順でない、頭髪を隠すヒジャーブを着用しない、西洋的な服装をする、高等教育やキャリアを望む、異教徒の友人や彼氏を持つことなども含まれる。

国連は2000年、世界で1年間に約5000件の名誉殺人が発生しているという推計を発表した。しかし名誉殺人は自殺として処理されたり隠蔽されることも多く、正確な数は不明だ。それはアジアや中東だけでなく、欧米でも発生している。

一般に名誉殺人はイスラム教とは無関係と説明される。しかしニューヨーク市立大学スタテンアイランド校のフィリス・チェスラー名誉教授は、名誉殺人の加害者の91%がイスラム教徒だという調査結果に立脚し、名誉殺人は主にイスラム教徒のイスラム教徒に対する犯罪だという論文を発表した。また国際法学者のハンナ・イルファンや犯罪学者のリンゼイ・ディバースは、イスラム教には名誉殺人を誘発、是認、隠蔽する側面があると指摘する。

サウジアラビアの法学者サーレフ・マガムシー師は2014年、「娘や息子を殺した父は殺される(死刑に処される)か?」という質問に対し、「父は息子のために殺されない」という預言者ムハンマドの言葉を典拠とし、「多くの法学者は、父は殺されないとしている」と回答した。

【関連記事】コロナ禍で揺らぐ? イスラム諸国の一夫多妻制
【関連記事】イランで迫害されるキリスト教徒を顧みないメディアの偽善

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 5
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 9
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story