コラム

『ボヘミアン・ラプソディ』ゾロアスター教とフレディの複雑さ

2019年03月25日(月)16時00分

フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック自身、マイノリティーであり、自分のアイデンティティに悩んだ時期があったという(ロンドンで行われた『ボヘミアン・ラプソディ』ワールドプレミアにて) Eddie Keogh-REUTERS

<フレディ・マーキュリーはインド生まれの両親のもと、アフリカのザンジバルで生まれた。両親はインドに住むゾロアスター教徒「パールシー」だった。映画にはフレディの父が信仰を引き、息子をたしなめる場面がある>

遅ればせながら、日本でも大ヒットした映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。といっても、出張の飛行機のなかで観たので、おそらく航空会社(しかも中東系)用に大幅に編集されたものである。したがって、作中の刺激的な要素はかなりカットされていた可能性が高いので、作品としての評価は避けておこう。

さはさりながら、クイーンのファンでも、フレディ・マーキュリーのファンでもないわりには、それなりに楽しめたので、きっといい映画なのだろう。実際、本作はゴールデングローブ賞でドラマ作品賞、主演男優賞を獲得、米国アカデミー賞でも主演男優賞、音響編集賞、録音賞、編集賞の4部門を受賞している。

主演男優賞をとったラミ・マレックは、だいぶまえにこのコラムでも取り上げたことがある(「白くない」エミー賞に、アラブの春を思い起こす)が、エジプトからの移民の子で、名前はアラビア語ではラーミー・マーレク、あるいはラーミー・マレクと表記される。フレディと同様、移民の子であり、なおかつ宗教的なマイノリティーであることは、役作りに何らかの影響を与えたであろう。

事実、受賞スピーチでマレックは、みずからの出自に言及し、子ども時代に自分のアイデンティティに悩み、自分が何ものなのかと模索していたと告白している。

エジプト系米国人は2017年の米統計局の調査では約26万人、移民のなかではそれほど大きいわけではない(ただし、米国在住エジプト人を含めると、実際にははるかに多いともいわれている)。エジプトはもちろんムスリムが圧倒的多数を占める国であるが、実は米国に移住したエジプト人のなかでムスリムは少数派で、多数派はマレクと同じ、キリスト教の一派であるコプト教徒なのである。

もちろん、エジプト国内ではコプト教徒は少数派で、全人口の約1割を占めるにすぎない。だが、ブトルス・ブトルス・ガーリー元国連事務総長(元エジプト外相)を筆頭に人口の割にコプト教徒の存在感は大きい。

とはいえ、テロ組織「イスラーム国(IS)」の標的になるなど、昔からエジプトでは差別・迫害・攻撃の対象にもなっており、だからこそ、移民として国外に逃れる人も少なくなかったということだろう。マレクと同じ米国移民という意味では、トランプ政権で大統領補佐官をつとめたディナ・パウウェルもコプト教徒の移民である。

【参考記事】映画『ボヘミアン・ラプソディ』が語らなかったフレディの悲劇

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story