コラム

「白くない」エミー賞に、アラブの春を思い起こす

2016年09月26日(月)16時18分

Mario Anzuoni-REUTERS

<米国でヒット中のテレビドラマ『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』のラミ・マレックが、エミー賞主演男優賞を受賞した。マレックはエジプト系米国人。さらには同番組のプロデューサー、サム・エスマイルもエジプト系米国人だ。今年はじめには「白すぎる」オスカーが議論になったが、本作には2011年のエジプトでの革命が投影されている>

 先日、米国の優れたテレビ番組やその出演者・制作者を表彰する、テレビ界のアカデミー賞といわれるエミー賞の発表があり、その主演男優賞に、米国でヒット中のテクノスリラー『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』の主演、ラミ・マレックが選ばれた。初ノミネートでの受賞という快挙である。

 MR. ROBOTは、日本ではAmazonの動画配信サービス、プライム・ビデオですでに配信されており、また、この文章が公開されるころにはAXNでも放送がはじまっているはずだ。内容はサイバーセキュリティー会社で働くコミュ障の若者が天才的なハッキング技術を買われて、クリスチャン・スレーターが演じるMR. ROBOT率いる謎のハクティビスト集団f-societyに参加、巨大コングロマリットと対決し、すべての借金消去を目指す、というものだ。ゴールデングローブ賞でもテレビドラマ部門賞と助演男優賞を受賞しており、米国での評価は高い。主演のマレックはゴールデングローブ賞でも主演男優賞にノミネートされていたが、こちらは受賞を逃している。

 今年のはじめ、米アカデミー賞の発表が近づくころ、アカデミー賞にノミネートされた俳優が白人ばかりだというのでマイノリティーの監督や俳優たちを中心に「オスカーは白すぎる」との批判が出た。それに対するアンチテーゼということもあろう、エミー賞では多様性が強調され、実際、受賞者は黒人、アジア系、インド系など多岐にわたった。

【参考記事】ハリウッドの人種差別は本当だった

 ラミ・マレックもその枠組みで語ることができる俳優の一人であった。マレックはロサンゼルス生まれだが、実は両親ともエジプト人というエジプト系米国人なのである(彼の名前はアラビア語的に発音すれば、ラーミー・マーレク)。エミー賞はアカデミー賞ほど白くはないが、マレックのドラマ部門の主演男優賞受賞は、マイノリティーの受賞としては18年ぶりだそうだ。実際、彼の受賞スピーチには「典型的な主演男優ではないぼく」とか「われわれはエンターテインメントだけでなく、社会的にも政治的にも進むことができる」というように、自分のマイノリティーとしての出自を強く意識した文言が含まれている(ただし、マレックが演じているのは白人の役)。

 ちなみに、マレックおよびその両親は、エジプト出身ではあるが、ムスリムではなく、エジプトの単性論派キリスト教会の信徒、すなわちコプト教徒である。米国にはニュージャージーやニューヨーク、そしてカリフォルニアを中心にコプト教徒のコミュニティーが存在し、その人口は最大100万人とも見積もられ、その数は近年、さらに増えているといわれている。

 米国で活躍する中東系の俳優は多いが、エジプト系はそれほどでもない。昨年亡くなった名優オマー・シャリフは例外的な存在だが、彼はエジプト生まれのエジプト人で、俳優としてのキャリアもエジプトではじめているので、「エジプト人」であっても「エジプト系」ではない。その意味では、エジプト系2世のマレックの活躍は今後の中東系・アラブ系のエンターテインメント分野への進出で重要な契機となる可能性を秘めている。

【参考記事】アラブ世界のメロドラマ事情

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州、ウクライナ和平巡る協議継続 15日にベルリン

ビジネス

ECB、成長見通し引き上げの可能性 貿易摩擦に耐性

ワールド

英独仏首脳がトランプ氏と電話会談、ウクライナ和平案

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 「経済は米関税にも耐性示
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 2
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 3
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲う「最強クラス」サイクロン、被害の実態とは?
  • 4
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキン…
  • 5
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    「正直すぎる」「私もそうだった...」初めて牡蠣を食…
  • 8
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 9
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 10
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story