コラム

円安で供給不足の「悪循環」がやってくる

2014年08月27日(水)17時00分

 8月に入って、不吉な統計の発表が続いている。貿易赤字が半期で約7.6兆円と史上最大になり、4~6月期の実質成長率が年率マイナス6.8%と大幅に落ち込んだ。鉱工業生産指数も半年で8%近く落ち、実質賃金も前年比3%以上落ちた。

 これを「消費増税の悪影響だ」といって公共事業や日銀の追加緩和などを求める声が強いが、これは逆効果だ。いま起こっているのはケインズの想定した需要不足ではなく、日本が(終戦直後を除いて)あまり経験したことのない供給不足だからである。その顕著なあらわれが人手不足だ。

 日本の労働人口は毎年1%近く減っているので、人手不足は長期的には避けられない。いま起こっている人手不足は建設・外食など特定の部門の非正社員だけで、全体としては有効求人倍率は1前後だから、事務職などの正社員には多くの余剰人員を抱えている。このため、労働需給がタイトになっても実質賃金が下がり続けている。

 もう一つの大きな問題は、輸出が伸びないことだ。安倍首相によれば、日本経済が低迷しているのはデフレと円高のせいで、インフレ・円安にすれば問題はすべて解決するはずだった。その予想どおりなら今ごろ貿易黒字が大幅に増えているはずだが、輸出はほとんど増えない。1ドル=104円を超えるドル高になっても、株式市場はほとんど反応しない。

 この原因も、生産設備の供給不足である。電機製品については、液晶テレビやスマートフォンなどの成長分野で日本メーカーは完敗し、生産設備が国内になくなってしまった。たとえばテレビは9割以上が輸入品だから、円安になっても輸出に転じることはなく、輸入価格が上がるだけだ。

 かつては決算対策で海外子会社の半製品を輸入して国内の工場で組み立てて輸出していたが、今は海外子会社も連結決算の対象になるので、利益は海外で出したほうがいい。このため、海外でつくって他国に輸出する。法人税の高い日本から輸出する必要はないのだ。

「負け組」になった電機はしょうがないとして、意外なのは自動車の業績回復が足踏みしていることだ。自動車メーカーの海外移転も円高局面で大きく進んだため、ドル圏の工場から他の新興国に輸出する為替レートが業績に影響するようになったのだ。トヨタの株価は、最近ではドル/円と逆相関(ドル高になると株価が下がる)になり、ホンダは新興国の通貨安で為替影響額がマイナスになった。

 このようなグローバル化の波が、もとに戻ることはないだろう。「空洞化」を嘆いて雇用を守るために海外移転を規制しろという人もいるが、パナソニックが海外移転をやめても、サムスンの安い製品を輸入すれば雇用は失われる。要するに、アベノミクスのシナリオでは

  円安→輸出増→企業収益増→賃金上昇→消費増→景気回復

 という「好循環」が起こるはずだったが、いま起こっているのは

  ドル高→輸入増→企業コスト圧迫→賃金低下→消費減→景気悪化

 という「悪循環」なのだ。今までは景気の回復期には円が安くなって輸出が回復し、そこから他の部門に波及するというパターンが多かったが、円安で貿易赤字が拡大したのは(私を含む)多くの経済学者にも意外だった。製造業のグローバル化は、予想以上に進んでいたわけだ。

 供給力の低下で、日本の潜在成長率はほぼゼロになった。ここで公共事業や追加緩和で需要を追加しても(建設現場で起こっているように)人手不足や資材不足が起こるだけだ。いま必要なのは、雇用を流動化して労働供給を増やす労働市場改革や、原発再稼動で企業のエネルギーコストを引き下げ、供給力を高める政策だ。日銀の「異次元緩和」も、もうやめるべきだ。これ以上の円安は有害だからである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

外貨準備のドル比率、第3四半期は56.92%に小幅

ビジネス

EXCLUSIVE-エヌビディア、H200の対中輸

ワールド

25年の中国成長率、実際は2─3%台か 公式値の半

ビジネス

利下げしなければ、景気後退リスク増大─ミランFRB
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story