コラム

文科省が打ち出した「文系大学はもういらない」の衝撃

2015年06月25日(木)19時50分

 今年も憂鬱な就活の季節がやってきた。会社訪問は4ヶ月繰り下げられて8月からということになったが、そんな建て前を信じていたら乗り遅れてしまう。3月に会社説明会が始まったときから、実質的な就活は始まっているのだ。

 それでもまだ前期の授業は何とかなるが、後期の授業には4年生はまったく出てこなくなる。10月に内定が出るので、そのあとどんな成績を取ろうが(卒業できる限り)人生に影響はないからだ。学生も大変だろうが、勉強する気のない学生に講義する教師は、壁に向かってボールを投げるようなものだ。

 こういう奇妙な現象は昔から指摘され、就職協定も何度も結ばれたが守られない。根本的な問題は、企業が大学教育に何も期待していないからだ。これを放置して文部科学省は「スーパーグローバル大学」や大学院重点化など、夢のような構想を打ち出してきた。

 ところが今年6月、全国の国立大学に対して文科省は「文学部や社会学部など人文社会系の学部と大学院について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ廃止を検討せよ」という通知を出し、大学関係者を驚かせた。

 通知には「人文社会系の卒業生の多くは地域のサラリーマンになるのだから、地元企業で必要とされているスキルを養成せよ」という指示もあり、このコラムでも指摘した「L型大学」への転換を志向しているのかも知れない。

 これは正しい方向だが、そもそも大学が多すぎることが根本問題だ。学齢期人口が激減する中で、大学進学率は50%を超え、私立大学の半分以上は定員割れだ。まず学生数で一律に出している私学助成を廃止し、奨学金に切り替えるべきだ。これによって教育内容のすぐれた大学は生き残り、そうでない大学は淘汰されるだろう。

 学生の質の低下も著しい。早稲田や慶応クラスでも、半分以上がAO入試や推薦入学になっている。こういう情実入試が横行すると、受験勉強をまじめにやる意欲がなくなり、ますます学力が落ちる。入試を受けていない学生は「早稲田B」といった学歴表示を義務づけ、正規の学生とは区別すべきだ。

 ここまで大学が劣化したのは、かつて一部のエリートを養成する機関だった大学が、大衆化して就職予備校になり、教育内容より偏差値で選ばれるようになったからだ。したがって大学の意味は合格した瞬間に終わるので、ユニクロのように大学1年の4月に内定を出すのが合理的だ。

 こんなことは教師も学生も、みんな知っているが、変えられない。大学で権力をもっているのは、論文を1本も書いたことがないまま70歳まで教授ポストを死守したい老人で、研究の中心になっている若い研究者には非常勤ポストしか与えない。こんな不公平な人事システムを続けていると、未来の学問をになう人材が育たなくなってしまう。

 高校進学率が50%を超えたのは、1955年である。大学進学率はその50年後に50%を超え、今や質量ともに高校と変わらない。大部分の大学はアカデミズムへのこだわりを捨て、年齢にかかわらず実務的な知識を教える再教育機関として生まれ変わるべきだ。今後は四年制大学を短大(カレッジ)に改組することも必要だろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブルージェ

ビジネス

NY外為市場=ドル/円小動き、日米の金融政策にらみ

ビジネス

米FRBタカ派幹部、利下げに異議 FRB内の慎重論

ビジネス

12月に追加利下げの必要、労働市場の弱体化は明確=
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story