コラム

問題は言論弾圧ではなく「メディアの歪んだアジェンダ設定」だ

2015年07月02日(木)18時20分

 6月25日に自民党の「文化芸術懇話会」で、複数の自民党議員が「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい」と発言し、これに応じて作家の百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと発言した事件は大きく報道され、国会でも取り上げられた。

 この背景には、安保法案をめぐる国会審議が終盤に来て、自民党の推薦した参考人が「憲法違反だ」と発言し、会期を大幅に延長するなど、与党が苦境に追い込まれている焦りがあるのだろう。マスコミ各社はここぞとばかりに言論弾圧問題を取り上げているが、実際の言論統制はこんなに白昼堂々と行なわれるものではない。

 私のジャーナリストとしての経験でも、政治家から直接「これを報道するな」と介入を受けたことは一度もない。大部分の事件は「今回は抑えてほしいが、次は優先的に情報を提供する」といった形で、政治家とマスコミの取引で闇に葬られるのだ。政治部では、そういう政治家の事件を「抑える記者」が出世する。

 問題になった百田発言の趣旨も「テレビの広告料ではなく、地上波の既得権をなくしてもらいたい。自由競争なしに五十年も六十年も続いている。自由競争にすれば、テレビ局の状況はかなり変わる」ということなのに(系列キー局をもたない)東京新聞以外は報道もしない。

 メディアは一般に思われているほど、特定の政治的立場に片寄った報道はしない。百田氏の発言は事実であり、新聞はそれを歪曲したわけでもなく、記事の本文で「右翼的偏向だ」ともいわない。そういう論評は外部の(そのメディアの見解に好意的な)「識者」にコメントさせるので、一つの記事だけ読むと中立に見える。

 問題は「広告料よりテレビの電波独占が最大の問題だ」という百田氏の発言を、新聞が無視したことだ。ここでは読者にとって問題は最初から存在しないので、いわば暗黙の言論統制が行なわれている。どういう問題を大きく扱うかで、読者の印象はほとんど決まってしまうのだ。

 これをメディア論でアジェンダ設定と呼ぶ。アジェンダとは議題などと訳すが、問題の大前提で、メディアは自分に都合のいいアジェンダだけを報道することによって人々を誘導するのだ。たとえばアメリカではリベラル系メディアは人種差別を多く取り上げ、保守系メディアは税金の無駄づかいを取り上げる。

 このようなアジェンダ設定のバイアスは、政治家にも影響を与える。特に日本の野党はマスコミ以外に情報源がないので、新聞が「言論統制はけしからん」といった記事を1面トップで報道すると、それを国会で追及し、これを新聞が大きく取り上げる...というループに入り、マスコミの取り上げないアジェンダは無視されてしまうのだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、関税「プランB必要」 違憲判決に備え代

ワールド

オラクル製ソフトへのハッキング、ワシントン・ポスト

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げに慎重=クリーブ

ワールド

カザフスタン、アブラハム合意に参加へ=米当局者
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story