コラム

問題は「脱原発」ではなく再稼働だ

2012年08月31日(金)13時34分

 日本経済新聞によると、アメリカ電力大手のエクセロンは8月28日、テキサス州の原子力発電所の新設計画を撤回すると発表した。アメリカは今年、原発の新設計画2件を相次ぎ認可したが、別の電力大手NRGエナジーも原発2基の新設計画への投資を打ち切った。

 同様の動きは世界中で広がっており、ヨーロッパでも原発の新規計画のキャンセルが相次いでいる。7月にはゼネラル・エレクトリック(GE)のジェフ・イメルトCEOが「原発は(経済的に)正当化するのが非常に難しい」と語り、原発から撤退する方針を示唆した。ドイツのシーメンスも原発から撤退することを表明している。

 このように世界の企業が原発から撤退している最大の理由は、エネルギー価格の大幅な変化である。岩床から採掘できるシェールガスの増産で天然ガスの価格が下落し、原発(現在の軽水炉)の建設はコスト面で見合わなくなったのだ。

 日本でも、各電力会社は新規の建設計画を凍結している。これは福島第一原発事故のショックも大きい。従来の業界の理解では、大地震で苛酷事故が起こった場合には、政府が賠償するものと考えられていた。原子力損害賠償法の第3条に「その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない」という但し書きがあるからだ。しかし今回の事故では、財務省がこの但し書きの適用に反対したため、東電が無限責任を負う結果になった。

 このようにリスクの上限がない状況では、民間の保険会社も新規契約をしてくれない。いざとなったら政府が責任をすべて電力会社に押しつけて逃げるのでは、電力会社も危なくて建設できない。採算性で考えれば、コストの下がったガスタービンにすることが合理的な経営判断である。したがって市場経済にまかせておけば、自然に原発比率は下がってゆく。民主党政権の騒いでいる「脱原発」は、政策としては意味がないのだ。

 問題は20年後の「原発比率」ではなく、いま全国で止まっている原発である。政府の需給検証委員会の試算によれば、原発の発電電力量(年間2800億kWh)をすべてLNG火力と石油火力でカバーした場合の追加的な燃料コストの増加は、2011年度は約2.3 兆円、2012年度は約3.1兆円の増加と試算されている。毎日100億円近い国富が中東に流出していることになる。

 この燃料費は電気代に転嫁される。3兆円というのは電力会社の収入の2割だから、長期的には電気代は2割ぐらい上がるだろう。富士通総研の試算によれば、電力コストが上昇すると、個人消費の低迷や企業の海外移転などによってGDP(国内総生産)は0.9%下がる。これは最近20年の平均実質成長率と同じだ。政府は「名目3%、実質2%成長」を目標にしているが、その半分近いGDPが原発だけで吹っ飛ぶことをどう考えているのだろうか。

 さらに深刻な問題は「電力が足りないときは原発を動かす」という場当たり的な対応が続いているため、いつになったら再稼働できるのか見通しが立たないことだ。原発の止まるきっかけになった昨年5月の菅首相(当時)の中部電力に対する要請は、法的根拠のない「お願い」だった。その後、定期検査の終わった原発の運転を許可しないのも、法的拘束力のない「ストレステスト」などを根拠にした裁量的な行政指導である。

 中部電力は「補強工事が終わったら浜岡原発を稼働してもよい」という確認書を海江田経産相(当時)と交わしたというが、枝野経産相は「引き継ぎを受けていない」と言っている。9月に原子力規制委員会が発足したら再稼働について検討するというが、新しい規制がいつできるのかはわからない。それまで既存の原発が動かせないというなら、建築基準法が改正されるときは既存の建物に住んではいけないのだろうか。

 こういう批判に対して「金より命だ」という類の反論がよくあるが、北海道電力は次のようなお知らせを出した。


泊発電所の発電再開が見込めない場合、供給電力量(kWh)面においても、1月から2月にかけて3~4%程度不足するおそれがあります。厳寒・凍結・積雪と気候が厳しい冬季の北海道では、節電が難しく、さらには停電がお客さまの日常生活や生産活動に与える影響は非常に大きいものと考えております。


 このまま原発を止め続けると、電気代が上がり、成長率はマイナスになり、北海道では凍死者が出るが、それによって得られるものは何もない。いつまでこんな愚かなことを続けるのだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、ベネズエラ沖で「麻薬密売船」攻撃 6人死亡=ト

ビジネス

FRB議長、QT停止の可能性示唆 「数カ月以内」に

ビジネス

米国株式市場=まちまち、米中対立嫌気 銀行株は好決

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、米中通商懸念が再燃
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story