コラム

イラク政府のファルージャ奪還「成功」で新たな火種

2016年06月23日(木)16時12分

 クルド系ニュースサイト「ルダウ」にはラウィ知事の詳しい発言が出ており、「生存者の証言によると、スンニ派住民は、シーア派民兵組織『民衆動員部隊』に拘束され、殺害、拷問、監禁などの犠牲になっている。多くの人々が生きてファルージャを出たのに、行方不明になっている」とし、「このような行為は、奪回作戦に傷をつけ、全体に悪い影響を与える」と警告している。アバディ首相は事件の捜査を約束していたが、ラウィ知事が声明を出した翌日に、政府は、殺害に関わった複数の人間を逮捕したことを明らかにした。

 シーア派民兵による民間人への虐待行為は、6月9日付のHRWの報告書にも出てくる。それによると、イラク連邦警察と民衆動員部隊がファルージャ北部のある村から逃げてきた10人以上を処刑したという。その時の生存者は、地元テレビに答えて、住民は男女に分けられ、男性は一列になってイラク部隊の前に行進させられて、少なくとも17人が銃殺された、と説明した。HRWは生存者やアンバル州の役人から、この事件についての証言を得ている。

 シーア派民兵によるスンニ派住民の虐待は「民衆の中にIS戦闘員が紛れ込んでいる」というのがシーア派側の言い分だが、イラク戦争後にシーア派主導政権の下で起きているシーア派民兵によるスンニ派住民への暴力は、イラク戦争前のサダム・フセイン体制時代にスンニ派がシーア派を弾圧したことへの報復の意味を持つ。さらに戦争後に噴き出したスンニ派とシーア派の宗派抗争で、ISやその前身の「イラク・アルカイダ」がシーア派地域で自爆テロを繰り返したことへの報復でもある。民兵組織は、軍や治安部隊のように指揮命令が厳格ではないところから、現場でシーア派が抱くスンニ派への報復的な感情が、虐殺や略奪、住居破壊などにつながりやすい。

【参考記事】「イスラム国」を支える影の存在

 イラクやシリアの対IS戦争について情報収集と分析を継続的に行っているワシントンの「戦争研究所」(Institute for the Study of War=ISW)によると、ファルージャに入ったイラク連邦警察はイラク治安部隊の一部で、その司令官の1人が、民衆動員部隊の一部であるバドル軍団の幹部だったという。さらにISWのサイトには「イラク治安部隊の中には、シーア派民兵をファルージャ市内には入れないとする合意があったが、治安部隊の中でイランの影響下にある組織が、上からの命令に反して動いた」との見方も出ている。

 ISWは17日、イラク政府のファルージャ奪回作戦について、「イラク治安部隊の作戦はファルージャで軍事的な成功を手にしつつあるが、政治的には失敗に向かっている」と批判的に評価した。その理由として、「イランが支援するシーア民兵の1組織であるバドル軍団がファルージャの市内にイラク治安部隊ともに入った。(市から脱出した)スンニ派住民に対するシーア派民兵による虐待が続いた後で、バドル軍団が市内に入ったことは、宗派間抗争の引き金となりかねず、スンニ派勢力と和解しようとするイラク政府の努力を損なうことになろう」としている。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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