コラム

「イスラム国」を支える影の存在

2015年12月05日(土)15時10分

イスラム国との戦いは、フセイン体制の亡霊との戦いでもある(2003年12月、体制崩壊後、米軍に発見され拘束されたサダム・フセイン元イラク大統領) Handout CRB- REUTERS

 パリ同時多発テロの後、国連の安全保障理事会は過激派組織「イスラム国(IS)」による一連のテロを非難し、ISとの戦いのために「あらゆる必要な手段を取る」ことを求める決議を全会一致で可決した。しかし、ISとの戦いについて、どうもイメージがわかない。ISとはどのような組織なのか。国際社会は何と戦っているのだろうか。国連決議ではISの支配地域の根絶も求めているが、それが簡単にはいかないことは、2014年9月から米国が主導する有志連合による空爆が始まって1年以上を経て次第に明らかになってきている。

 中東や欧米からくる若者3万人を合わせて10万人以上いるとされる戦闘員を擁し、シリアとイラクにまたがる25万平方キロメートルを支配し、そこに1000万人以上の人口を抱える。住民から税金を徴収し、シリア東部デルゾールの油田を支配し、闇取引で莫大な収入を得ている。ISがアルカイダと大きく異なるのは、領土と領民を持っているということである。

 ISとの戦いを考える時、すでに「組織」という枠を越えたISの実体と特性を直視しなければならない。ISはイラク戦争後、反米聖戦を掲げたヨルダン人のアブムスアブ・ザルカーウィーが創設した「タウヒードとジハード」として始まり、2004年秋にアルカイダに合流して、「イラク・アルカイダ」となった。「タウヒードとジハード」や「イラク・アルカイダ」には、占領米軍に対する「反米ジハード」のために、中東や欧米からムジャーヒディン(イスラム戦士)が集まった。

イラク戦争後に噴き出した暴力には2種類あった

 イラク戦争のバクダッド陥落後、私は1年半の間、毎月のようにイラクに通った。当時、イラクで噴き出した暴力に、2つのパターンがあることに気付いた。自動車爆弾を使った自爆テロと、スンニ派地域で繰り返される米軍に対する軍事攻撃である。反米攻撃を行っている武装組織の関係者と接触し、米軍への攻撃を行っているのは、スンニ派部族が担った軍や共和国防衛隊の元将兵たちだということが分かった。

 私が接触した反米武装組織のリーダーは、旧イラク軍の特殊部隊員だった。「米軍車両を待ち伏せ攻撃すると、米軍の武装ヘリの援軍が7分間で現場に到着するから、その前に現場から逃げる必要がある」と語った。「ヒット・エンド・ラン(撃っては逃げる)」方式のゲリラ戦術である。別の関係者は、旧イラク軍が放置した武器庫から押収したミサイルを改良して、米軍ヘリを撃墜する話をしてくれた。

 私は当時、スンニ派地域を回って人々の話を聞きながら、米軍に対する民衆の怒りが広がっているのを取材した。そのような怒りに押されて、イラク戦争では戦わずに米軍に首都を明け渡したイラク軍や共和国防衛隊の主力が、米軍の占領と対テロ戦争の継続に反発し、「祖国防衛」のために米軍攻撃を始めたことが分かってきた。

大規模テロは本当にアルカイダの仕業だったのか

 それに対して、自爆テロは、全く別の様相だった。新生イラクの警察署や軍の新兵登録の列、シーア派地区を標的とし、主な標的は米軍ではなかった。2003年8月にバグダッドにある国連イラク事務所がトラック爆弾で破壊され、執務中のデメロ国連事務総長特別代表ら少なくとも20人が死亡し、同月末にもシーア派聖地ナジャフで、金曜礼拝に行ったシーア派のイスラム革命最高評議会を率いるハキーム師を含む120人以上が死ぬ大規模爆弾テロがあった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米農場の移民労働者、トランプ氏が滞在容認

ビジネス

中国、太陽光発電業界の低価格競争を抑制へ 旧式生産

ワールド

原油先物は横ばい、米雇用統計受け 関税巡り不透明感

ワールド

戦闘機パイロットの死、兵器供与の必要性示す=ウクラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story