コラム

ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

2019年04月17日(水)11時45分

3月にホワイトハウスで会談をしたトランプ米大統領とイスラエルのネタニヤフ首相 Carlos Barria-REUTERS

<トランプ米大統領がゴラン高原にイスラエルの主権を認め、イスラエル総選挙でネタニヤフが勝利した。この背景にはアラブ諸国による「イスラエル擁護」の動きがある。ネタニヤフの「ヨルダン川西岸の入植地併合」が、新たな中東危機を引き起こす――>

4月9日に行われたイスラエル総選挙で、ネタニヤフ首相が率いる中道右派政党リクードが右派・宗教勢力を率いて国会の過半数を制する結果となり、首相の5期目続投がほぼ確定した。

ネタニヤフ氏は選挙終盤で、ヨルダン川西岸にあるユダヤ人入植地をイスラエル領に併合することを公約しており、今後、中東和平をめぐる波乱は避けられない状況だ。

イスラエルの有力紙ハアレツは、ネタニヤフ首相の今後の2つの課題として、(1)汚職容疑の訴追の回避、(2)トランプ政権と協力しての入植地の併合――を挙げて、「主権と引き換えの免責」としている。

つまり、1967年の第3次中東戦争で占領したヨルダン川西岸に建設された100カ所以上のユダヤ人入植地を併合して、自国の主権下に置く政策を進めることで、入植者を支持基盤とする右派政党を連立に取り込み、その見返りとして、首相の訴追を免責する法案を成立させようとするのではないかという見方だ。

占領地の併合は国際法に反するが、それが現実味を帯びているのは、歴代の米国大統領の中でも極端にイスラエル寄りのトランプ大統領の存在があるからだ。

トランプ氏は3月下旬にネタニヤフ首相をホワイトハウスに招き、第3次中東戦争でイスラエルが占領したシリア領のゴラン高原について、イスラエルの主権を認める宣言に署名した。この動きはイスラエル総選挙を前にネタニヤフ氏を支援する意図があったと解釈されている。

トランプ米大統領が「世紀の取引」和平提案を行う?

トランプ大統領はイスラエルの選挙の後に、自ら「世紀の取引」と称するイスラエル・パレスチナ和平提案を行うと言われている。ハアレツ紙は「ワシントンから流れてくる和平提案についての噂によると、イスラエルが西岸のほとんどの入植地、イスラエル軍の拠点や無人地帯を包含するC地区を保持するとされている。もし、パレスチナ人がその和平案を拒否すれば、米国はイスラエルによる(西岸での)併合を、ゴラン高原の併合と同様に支持することになるだろう」と書いている。

トランプ大統領が和平案を出すという話は2017年秋から出ていた(参考記事:エルサレム移転を前に報じられる驚愕「トランプ和平案」の中身)。トランプ大統領と友好関係を維持しているサウジアラビアのムハンマド皇太子がパレスチナ自治政府のアッバス議長を呼んで、受け入れの説得をしたとされる。

同年12月初めに米紙ニューヨーク・タイムズは議長と皇太子の会談について、「ムハンマド皇太子はアッバス議長に、それまでのどんな米国政府の案よりもイスラエル寄りで、どんなパレスチナの指導者も受け入れることができないような和平案を提示した」と書いている。

議長は2018年1月に西岸のラマラで開かれた、自ら主導する政治組織ファタハの中央委員会で演説し、「トランプ大統領の和平案は『世紀の屈辱』だ」と拒否する姿勢を見せた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

フォード、第2四半期利益が予想上回る ハイブリッド

ビジネス

NY外為市場=ドル一時155円台前半、介入の兆候を

ワールド

英独首脳、自走砲の共同開発で合意 ウクライナ支援に

ビジネス

米国株式市場=S&P上昇、好業績に期待 利回り上昇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story