コラム

みんなやっていることだけど...庶民の味方の政治家、庶民的な不正で窮地

2024年04月26日(金)16時15分

<イギリス今年の注目人物に挙げた労働党のアンジェラ・レイナー副党首がいま追及されている理由>

僕は「デスノート」をやらかしているようだ。2023年の年初に僕は、2023年の注目人物はニコラ・スタージョンだと書いたが、彼女はその年の2月にスコットランド首相を電撃辞任すると発表した。なお悪いことに、スコットランド国民党(SNP)に対する資金不正の疑惑や、さらには彼女の夫でSNP幹部だったピーター・マレルがこの4月、SNPの党資金の横領で起訴されたことで、彼女には暗雲が立ち込めている。

そして今年2024年の年初には、英労働党のアンジェラ・レイナー副党首に注目すべきだと書いた。人目を引く赤毛の女性政治家で、舌鋒鋭くエリート集団の保守党政権に立ち向かう、労働者階級の星だ。

僕は今でも(良くも悪くも)彼女は注目の人物だと思っているが、彼女もまた、私的財産に関する軽犯罪の疑いで追い込まれている。簡単に言うと、実際のところ夫(現在は別居中)と暮らしていた住宅とは別の家を、「自宅」という扱いで売ってしまったようだ。これが事実なら、販売時にセカンドハウスは自宅とは異なる扱いになるため、彼女は多額の税金を逃れたことになる。

実は、これは多くのイギリス人が使っている「裏技」のようなもの。もしも発覚してしまったら、通常は罰金を科されて本来納めるべき税金との差額を支払わされる程度だ。

でも、キア・スターマー党首率いる労働党は、一貫して高い道徳的規範を守っているとうたっており、「腐敗した」保守党とは全然違う、というように振る舞っている。レイナーは全ての不正を否定しているが、多くの人々は証拠(彼女自身がソーシャルメディアに投稿した内容)は彼女の主張とは違う事実を物語っていると考えるだろう。

だから労働党は苦境に陥っている。彼女がルールを誤解していました、申し訳ありませんでした、と謝罪してももはや手遅れだ。その一方でスターマーは労働党チームの主要人物であるレイナーを切り捨てるような余裕もないのだが、もしも彼女の不正が明らかになれば打撃を受けるのは間違いないだろう。

労働党がクリーンを売りにしているだけに

レイナーを擁護する人々は、今回の件を「またも単なる中傷」と捉えており、むしろ劣勢の保守党の必死さが見え隠れすると主張している。強力なライバルにダメージを与えようとする試みだというのだ。ちょうど、かつてのボリス・ジョンソン政権時の首相質問の際に、女性にめっぽう弱いジョンソンの気を引くため、わざとレイナーがジョンソンの前で脚を何度も組み替えていたなどと(どう見ても突拍子のない)中傷をしたのと同じように。

僕が思うに、立証責任が彼女に有利だからというのが主な理由で、レイナーは何の罰も受けずに乗り切るだろう。彼女はほぼ中断されることなしに政治キャリアを続けることができるだろう。でも有権者は彼女が税制を「手玉に取った」のではないかとの疑念を持ち続けるだろう。

皮肉なことに、彼女に疑念を抱いてしまうのは、政治家はどうせかなり悪いことをしているんだろうと人々が考えがちだから、というありふれた理由のせいではない。むしろ、この不正は多くの人がやっていることだからだ。もしも労働党が自らをクリーンな政党だとあれだけ声高に主張していなかったとしたら、人々は肩をすくめて「まあ、みんなやってることだしね」と思う程度で済んだのかもしれない。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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