コラム

「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

2024年05月22日(水)13時50分
ニューカレドニアに派遣されるマルセイユ消防大隊の隊員たち

ニューカレドニアに派遣されるマルセイユ消防大隊の隊員たち(5月16日) Manon Cruz-REUTERS

<ニューカレドニアで苛烈化する抗議活動。1850年代からフランスの「海外領土」となっている島国でなぜいま暴動が起こるのか>


・南太平洋にあるニューカレドニアでは暴動の拡大を理由に5月15日、非常事態が宣言された。

・この地はフランスの海外領土で、暴動の背景にはフランスの植民地主義に対する拒絶反応がある。

・これと並行して、ロシアの同盟国アゼルバイジャンがニューカレドニアの独立運動を支援しているという情報もある。

大林宣彦監督、原田知世主演の映画「天国にいちばん近い島」(1984)と聞いてピンとくる人は筆者と同様50代か、それ以上の年代に多いだろう。美しい海と空の映像が印象的だったが、その舞台になったニューカレドニアは今や天国からほど遠い。

植民地としての “天国” 

南太平洋に浮かぶニューカレドニアでは5月15日、非常事態が発令された。中心都市ヌメアでは5月に入って、デモ隊と警察の間の衝突によって5人以上が死亡し、数百人が負傷するに至ったからだ。

newsweekjp_20240521082655.jpg

ニューカレドニアはオーストラリアの北東およそ1,300kmにあり、1850年代からフランスの「海外領土」に組み込まれてきた。現在ニューカレドニアでは選挙も行われ、議会や政府もあるが、フランス政府の高等弁務官の監督を受ける立場にある。

要するにフランス政府が最終的な決定権を握っている。

だからこそ、ニューカレドニアの治安悪化を受けてフランスのマクロン大統領は1000 人以上の警察官を増派し、デモ隊の鎮圧を進めてきた。

ではなぜ、死者を出す暴動にまで発展したのか。

抗議活動や暴動の中心にいるのは先住民族メラネシア人(カナック)で、フランスからの独立を求める人々だ。つまり、この抗議活動や暴動にはフランス植民地主義の拒絶という意味があるのだ。

ニューカレドニアは誰のもの

カナックには以前からフランスからの独立を求める声があった。

カナックはニューカレドニアにもともと暮らしていた人々の子孫で、かつては人口の大半を占めていたが、現在では全人口の約4割程度にとどまる。

この地に19世紀からフランス人をはじめヨーロッパ人が数多く移り住み、さらに20世紀初頭にはニッケル鉱山などの開発のため近隣アジア諸国から労働者が移住したからだ。

それと入れ違いにカナックには土地の多くを奪われ、狭い居住区に閉じ込められた歴史がある。

このフランスの手法は、ニューカレドニアの歴史に詳しい江戸淳子教授の言い方を借りれば「英国がオーストラリアのアボリジニーに、アメリカがインディアンにとった政策や、南アフリカのアパルトヘイト政策に等しい」(表現は原文のまま)。

第二次世界大戦後、全世界的に植民地主義が下火になるにともない、カナックにも参政権が与えられた。そして1960~70年代になるとフランス本国での学生運動(パリ5月革命)やアメリカの公民権運動などの高まりを受け、カナックの独立要求も活発になった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラ会長、マスク氏の後継CEO探し否定 報道は「

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ビジネス

NZフォンテラの消費者事業売却、明治など入札検討か

ビジネス

三井物産、26年3月期純利益は14%減見込む 資源
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story