コラム

マインド・アップロードは可能?──MITを巻き込み世界的権威が真っ二つ

2018年04月23日(月)20時04分

MIT Technology ReviewのA startup is pitching a mind-uploading service that is "100 percent fatal"という記事によると、こうした脳の永久保存はいろいろな方法で試されており、米アリゾナ州にあるAlcor延命基金には、150人以上の遺体や脳を液体窒素で保存しているのだという。

ところが数年前に、脳に保存液を注入することで脳のコネクトームを保存できる新しい技術が開発された。コネクトームとは、ニューロンを結びつけるシナプスの地図のようなもの。神経学者Ken Hayworth氏によると、特定の個人の意識を再現するにはコネクトームの地図が不可欠だという。保存された脳を蘇生できるかどうかは分からないが、少なくともコネクトームのデータがあれば、コンピューターで意識や性格を再現できる可能性があるというわけだ。今は無理だが「100年後には可能になっているかもしれない」とHaywarth氏は前向きに評価する。

一方でMcGill大学の神経学者Michael Hendrick氏は、脳の永久保存と蘇生を「ひどく間違った希望だ」と糾弾する。「脳バンクを後世の世代に押し付けるのは、笑ってしまうほど傲慢」と指摘する。

この記事を書いた Antonio Regalado氏は、「分からないことが多過ぎる。意識が何であるのか、まだだれも分かっていない。したがって意識をコンピューターで再現できるのかどうかも分からない。脳の組織や細胞のどの部分が記憶や性格に必要なのかも、分かっていない」と指摘している。

Nectome社と業務提携して批判されたMITのEdward Boyden氏は、「そうした問いに答えるためにもデータが必要。脳内の情報を保存することは、とても有用なことだ」と同社のスタンスを擁護している。

自殺を促す「科学」

このBoyden氏。実は、ノーベル賞が確実視されるほどの著名な研究者。同氏ほどの世界的権威がNectome社と業務提携すれば、それだけで同社の主張に信ぴょう性が増す。

それが問題なのだと批判するのが、スウェーデンにあるカロリンスカ研究所(Karolinska Institute)のSten Linnarsson氏だ。Linnarsson氏は「MITが一部の人々の自殺の可能性を高めた」と真っ向から批判。Linnarsson氏は「根本的にネクトームはまったく誤った考えに基づいています。(マインド・アップロードは)まったく起こり得ないことです」「非常に非倫理的です。どれほど倫理に反することか言い表せないほどです。医学研究としてすべきことではありません」と、かなり怒っている様子。

たとえ世界的権威であっても真っ向から反論するのが、欧米のアカデミアのおもしろいところだ。

こうした批判を受けてMITは、Nectome社との契約を解消したわけだ。解消の理由を「商業計画の基本となっている科学的根拠と、同社がこれまでに発表したいくつかの公式声明を考慮して」としている。科学的根拠が薄いのに、マインド・アップロードが可能だと思わせるような発言を繰り返すなよ、こっちまで迷惑を受けたじゃないか、というようなことなのだろう。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、エアフォースワン暫定機の年内納入希望 L3ハリ

ビジネス

テスラ自動車販売台数、4月も仏・デンマークで大幅減

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story