コラム

日本を挑発し続ける中国「狼の乳」世代は被害者史観で戦う

2020年12月19日(土)12時30分

「狼の乳」で育った世代の代表格である王毅 ISSEI KATOーREUTERS

<尖閣は中国の領土・日本の偽装漁船が敏感な海域に侵入――主客転倒の挑発を続ける中国共産党的思想の根源>

「戦う狼」こと「戦狼」外交官のトップ、中国の王毅(ワン・イー)外相。11月24日に来日した彼が発した尖閣諸島をめぐる挑発的な言動は、日本に深刻なインパクトを与えた。

その際に国内外のメディアが使った「戦狼」だが、多くの日本国民と世界の良識ある人々は、その精神の由来について不思議に思っているに違いない。

戦狼とは中国特有の「狼の乳」、つまり極端な中国中心の民族主義的思想、それも階級闘争論に依拠した暴力革命肯定論と、被害者史観に基づく教育を受けて育ったゆがんだ民族主義者を指す。

最も早く「狼の乳」の表現で現代中国のゆがんだ歴史観を批判したのは、中山大学(広東省)の袁偉時(ユアン・ウエイシー)教授である。21世紀に入ってからも変わらない中国の歴史教育の実態を危惧した袁は、国定教科書の編纂体制と御用知識人を批判した際に、この概念を打ち出した。

袁の主張と論点は以下のとおりだ。アヘン戦争以降の西洋列強による清国侵略も決して外国だけが悪かったわけではない。清朝臣民による挑発と、役人の無能ぶりについても分析しなければならない。西洋列強だけが「不平等条約」で搾取し、「文明国」中国を停滞させたのではない、との観点である。

こうした見解は、世界の歴史学界の認識と一致するが、中国では決して許される思想ではない。近代に入って西洋が中国を搾取し続けたので、有史以来ずっと先進国だった地位が失われたとする中国の公的史観と対立しているからである。

加えて日中戦争だ。全国の人民をリードして「抗日」戦争を勝ち取ったのは「偉大な中国共産党」であり、蒋介石率いる国民政府軍は奥地の四川省に逃げ込んだ無能な集団だったというのが、中国政府の歴史観である。

日本軍と死活の戦いを繰り返していたのは国民政府軍で、共産党系のゲリラ部隊も当時は国民政府軍の一部として編成されていた史実は無視されている。

以上のような歴史観を総括すると、中国は長らく世界の先進国であり続けたが、西洋列強と日本によってその進歩と発展が阻害された。被害者の中国はこれから大国になるにつれて復讐に打って出て、再び世界各国を臣従させ、中国中心の朝貢体制を構築しなければならない。これが、「狼の乳」を飲んだ世代の思想である。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる

ワールド

ウクライナ南部オデーサに無人機攻撃、2人死亡・15

ビジネス

見通し実現なら利上げ、不確実性高く2%実現の確度で

ワールド

米下院、カリフォルニア州の環境規制承認取り消し法案
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story