コラム

中国が傲慢な理由で強行した「モンゴル語教育停止」の衝撃

2020年07月22日(水)11時30分

愛国心を教え込まれる内モンゴル自治区の小学生(フフホト市)REUTERS

<IT時代には不向きな言語との差別的言説で同化政策が一層進む>

モンゴル語教育に安楽死を命じる――中国政府は6月末、そのような政治的目的を帯びた秘密文書を内モンゴル自治区に届けた。今秋の新学期から、学校におけるモンゴル語教育を停止するという内容である。

まず通遼市という地域から始まるが、誰もここだけで終わると思っていない。具体的には小学校では「道徳」の科目の授業を中国語で行い、中学以上では「モンゴル語」科目以外を全て中国語に切り替える。その口実も実に傲慢だった。

20200728issue_cover200.jpg

いわく、モンゴル語は先進的な科学技術や中国流の思想道徳を教えるのに不向きで、「優れた言語」である中国語こそがIT時代にふさわしいという。

最初は大勢のモンゴル人教師が失職の危機感から抵抗を始めたが、次第に民族文化そのものが消される同化政策に対する怒りが拡大している。特定の言語が現代の科学技術に適していない、という差別的な言説を信じる人は中国以外にはいないだろう。

歴史をひもとけば、中国の科学技術は13世紀まで長い停滞期にあえいでいた。中国の科学技術が飛躍的に進歩したのは、モンゴル帝国が形成され、アラビアやペルシャといった西方の先端技術・思想を東方に呼び込んでからだ。

北京市内に残る元朝時代の天文観測台と漢文に翻訳された多数のアラビア語・ペルシャ語の科学史的著作がその史実を雄弁に物語っている。科学技術の東方への伝播はモンゴル語を媒介としていたのである。

モンゴル人が堅持する民族自決権

モンゴル帝国が崩壊した後も、18世紀末までのモンゴル語はユーラシア各王朝の宮廷言語兼外交言語であった。清朝が南アジア諸国との間で外交使節を交わす際もモンゴル語に頼ることがあった。いわば、モンゴル語はペルシャ語やテュルク語と並んで、ユーラシア世界における政治的地位の高い言語であり続けた。その結果、ロシア語やテュルク系諸言語の中の政治用語はモンゴル語に由来するものが多く残っている。

モンゴル語が内包する高い政治性と国際性ゆえ、中国政府はモンゴル語に対して一貫して警戒心を抱いてきた。モンゴル人は第2次大戦後に独立国モンゴル人民共和国と旧ソ連圏内、そして中国の内モンゴル自治区に分かれて暮らしてきた。

レーニンが掲げていた民族自決の思想、すなわちどの民族にも独自の国民国家を造る権利があるという理念を、モンゴル人は一度も放棄していない。民族の統一を実現するには言語の同一性を堅持しなければならない。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

スペースX、次回のスターシップ打ち上げを5月に延期

ワールド

原油供給、日本全体で必要な量は確保 先行きに予断持

ワールド

ウクライナ大統領、シリアと安全保障面の協力強化で合

ビジネス

IMF、日銀に利上げ継続を要請 中東紛争で新リスク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙の2大テーマでAI懸念を払拭できるか
  • 2
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 3
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「攻撃的知能」を解剖する
  • 4
    トランプ、イランに合意期限「米東部時間6日午前10時…
  • 5
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始め…
  • 6
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 7
    地面にくねくねと伸びる「奇妙な筋」の正体は? 飛行…
  • 8
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 9
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 10
    血圧やコレステロール値より重要?死亡リスクを予測…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 4
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐ…
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 7
    中国がイラン戦争最大の被害者? 習近平の誤った経…
  • 8
    年金は何歳からもらうのが得? 男女で違う「最適な受…
  • 9
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 10
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story