コラム

「医学的な根拠はない」のに、マスクを外せない...「キリシタンの踏絵」と化したコロナ対策の末路

2023年04月28日(金)07時56分
マスク

2023年3月、マスク着用については個人の判断に委ねる方針を決定(東京都内)Kim Kyung Hoon-REUTERS

<5月8日、感染症法における位置づけが「5類」になる新型コロナウイルス。私たちはこの日を境にマスクを外すのか。それとも「マスク信仰」を棄教することができないのか>

5月8日、ようやく新型コロナウイルスの感染症法における位置づけが「5類」になる。これは毎年流行する季節性インフルエンザと同じ位置づけなので、ようやく名実ともに、非常事態としての「コロナ禍」が日本でも終わることになる。

5類へ移行する方針が発表されて以来、世間の噂として持ちきりなのが「では、いつマスクを外すのか?」だ(なお政府によるマスクの勧奨は、すでに3月13日に終了済み)。しかし思い返せば、問われるべきは逆に「そもそもなぜ私たちは、いまだにマスクをしているのか?」であろう。

スウェーデン在住で医師の宮川絢子氏によれば(※1)、コロナ禍以前は本来、マスクが感染予防に有効だとする「医学的な根拠はない」というのが通説だった。同国は欧州で唯一、ロックダウンを回避したことで注目を集めたが、飛沫感染の抑止に効果の高い「ソーシャル・ディスタンスの確保」に関しては、むしろ国民に呼びかけている。

スウェーデンが欧州では例外的に、マスクの義務化を見送ったのは、マスクの着用に安心して社会的な距離を取らなくなっては本末転倒と判断したためである。日本と同様に公共交通機関等でのマスク着用が「推奨」されるようになった後も、屋内でつける人は過半数程度で、まして屋外での着用者は少数だったという。

日本でロックダウンや強い行動制限を高唱した識者の多くも、新型コロナの流行が本格化する直前の2020年2月までは「マスクが有効だとする根拠はない」と主張していた事実を、医師でジャーナリストの森田洋之氏(※2)が明らかにしている。また日本人はそもそも欧米人と異なり、恋人以外とはキスやハグなど近接しての「濃厚接触」をする習慣がないので、ソーシャル・ディスタンスはもともと確保していたようなものだ。

つまり科学的に見れば、どこの国でもマスクによる効果の度合いは怪しく、日本に限って言えばなお一層、マスクをつける意味は乏しかったというのが実態だ。にもかかわらず漫然と着用を続けた結果、昨秋の英国でのエリザベス女王国葬(2022年9月)とわが国での安倍元首相国葬(同月)の対照もあり、「いまだにマスク姿の日本人」はむしろ奇異の目にさらされている。

どうしてそんな、おかしな事態になってしまったのか。実は、誰もが知る日本史上のある慣習に、謎を解く手がかりが秘められている。

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、日本渡航に再警告 「侮辱や暴行で複数の負傷報

ワールド

米ロ高官のウ和平案協議の内容漏えいか、ロシア「交渉

ビジネス

米新規失業保険申請、6000件減の21.6万件 低

ワールド

サルコジ元大統領の有罪確定、仏最高裁 選挙資金違法
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 5
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 6
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 7
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「世界の砂浜の半分」が今世紀末までに消える...ビー…
  • 10
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 6
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 7
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story