
パリのカフェのテラスから〜 フランスって、ホントはこんなところです
カトリックの私立高校で起こった16歳の少年のナイフ襲撃事件の狂気

この事件が起こったのは、平日の昼頃のことで、現場となった高校は授業中の時間帯でした。この学校の一人の男子生徒が授業中に女子生徒の一人をナイフで殺害、また次の教室に移動して、さらに3人を攻撃し、結果、1名死亡、3名重傷の大惨事を起こしています。
事件当日、夕刻には、全国的に報道が開始されましたが、これが学校内で起こったことでもあり、目撃者は多数いたものの、また、加害者の少年の身柄は拘束されたものの、あまりのショッキングな内容に、その場にいた生徒たちも口を開かず、すぐにこの詳細は明らかにならず、当日の夜に予定されていた検察の記者会見も翌日に延期されました。
検死の結果、被害者には57ヶ所もの刺し傷が認められた
翌日になって、事件は少しずつ明らかになってきましたが、この加害者の少年は、周囲の友人たちともあまり打ち解けることがなかった非常に孤独な少年で、この被害者の15歳になったばかりの少女は、学校内で彼が唯一、質の高い対話ができる少女だったそうです。被害者の少女の検死が行われた結果、少女には特に上半身を中心に57ヶ所もの刺し傷が認められたということで、周囲の目撃者によると、彼女が床に倒れたあとも、彼は執拗に彼女をさし続けたと言われています。単に殺害目的とは言い難い残忍さでもあります。
おそらく彼女は途中で息絶えていたと思われますが、そのあとも刺し続けるのは明らかに異常。そして、この加害者の少年は、彼女を刺したあとは、向かいの教室に移動し、また別の生徒たちに襲い掛かり、3人を負傷させています。そのうちの一人は重症ということでしたが、幸いにも命はとりとめたようです。
どちらの教室も授業中だったために生徒も教師も大変なパニックに陥り、校内には悲鳴が轟きわたりました。当時、教室にいた教師は、数名の生徒とともに退避してしまったようですが、階下にいて、この叫び声を聞きつけたIT技術者(学校から雇われていた人物)が教室にかけつけて、この加害者の凶行を阻止するために、椅子で彼を殴打すると、今度は、加害者の少年はこのIT技術者を追いかけ、彼は階下に逃げ、とりあえずは教室から彼を退出させました。このIT技術者はさらなる犠牲者が出ないようにと校庭への扉を閉めてから、この少年と対決、というより対話をはじめ、彼からナイフを取りあげることに成功したと言われています。今回の事件においては、このIT技術者という人が第一の勇敢な功労者でした。
ただちに高校生は全員、体育館に避難させられ、その日は安全が確認させられるまで待機、そして、そこで緊急心理医療ユニットが設立され、生徒たちの精神的なケアが施され始めたそうです。
とはいえ、特に同じ教室に居合わせた生徒たちにとっては、同級生が教室内でナイフで惨殺される(しかも、57ヶ所も刺される大変、残忍な行為)一部始終を目撃させられてしまったのですから、一生、忘れることができないようなトラウマになってしまう可能性も非常に高いです。この事件が起こって数日後には、周囲に居合わせた生徒たちが事件のときのこと、その後の感情などをSNS上で吐露する動画を発信し、中には、30万回以上も再生されている動画もあるそうです。しかし、彼らがいうには、「これはトラウマ的な出来事で、とにかく話したい・・この気持ちを発散することで、心が少しでも楽になる」と説明しているようで、今後も心に傷を負ってしまった彼らのケアは、大変、重要なことです。
この事件が私にとって、とてもショッキングだったことは、この学校がなかなかなレベルのカトリック系の私立の一貫教育の学校であり、娘が通っていた学校と名前も一部一緒で、おそらく同じような学校であると思われたためで、これまで、私はフランスの学校も私立ならば、ある程度の安心は保たれると思っていたことにあります。とはいえ、同じ学校ではないため、色々と違う点もあるのでしょうが、娘の高校時代を思い返せば、とりあえず、周囲は親も含めて大変、教育熱心というか、日々、行われるテストの結果に皆、一喜一憂しているという話だったので、年に一回あった父母会などに行けば、あまりに親も一生懸命で、「とりあえず、高校卒業までは追い出されないようにしてくれればいいよ・・」などと言っていたお気楽だった私は大変、肩身の狭い思いをしたくらいでした。
学校側も大変、熱心で、日常生活に対しても大変厳しく、素行の悪い生徒もすぐに追い出されてしまうようで、それにより、大きな意味で、振るいにかけられている=その分、安全も保たれている環境だと思っていました。娘は小学校から高校までをその学校で過ごしたために、公立の学校には通っていないので公立校の詳しい様子はわかりませんが、フランスでは、大きな分かれ道はもう若い時点で決まってしまうようなところがあり、それこそ、言い方は悪いですが、下は限りなく下、クズは限りなくクズ・・そんな環境においたら大変だと思ってきたので、娘の学校選びには、何がなんでも私立へ・・と思ってきましたし、結果も本当にあの学校によって、娘はまっとうに育ってくれたと思ってきたので感謝こそすれ、こんな残忍な事件が同じような学校で起こることは思いもよらなかったのです。
加害者が犯行直前に全生徒に送信していた13ページの論文
さすがに、加害者がある程度のレベル以上の生徒であったと思わせられるのが、彼が犯行直前に全生徒に送信していた論文形式の思想や社会への問題点や提言などを書き綴った13ページにも及ぶ長文のマニフェストのようなものです。検察は、彼がイジメや嫌がらせの対象ではなかったことを強調していますが、孤独な存在であったことは、周囲のクラスメイトたちが証言しています。
周囲の評判によると、彼は非常におとなしく内気な人で周囲と打ち解けることがなかったようですが、時折、冗談めいて、ナチスやヒトラーなどの革命やイデオロギーについて語ることがあったと言います。このナチスやヒトラーへの傾倒は、彼の母親(離婚していて彼と母親は二人暮らしだった)も大変心配しており、また、学校なども承知していた話だそうです。
彼の母親は彼が孤独であり、彼の自殺願望やヒトラーやナチスなどへの異常な興味をもっていることを心配して、ロワール・アトランティック青少年協会の教育者とともに6回の面談も受けていました。
たしかにナチスやヒトラーに対する異常な興味や自殺願望といえば、母親としたら、心配するのも無理はない話ではありますが、それが、今回のような凶行に繋がると予想するのは、かなり困難な話であったと思われます。
このマニフェストは、「免疫行動」と題され、この中で彼はグローバリゼーションを攻撃し、人間を分解する機械と化した非常に暗い社会」を描写しています。この論文は「地球規模の環境破壊」、「組織的暴力と社会的疎外」、「全体主義的な社会条件付け」の3つの項目で構成されており、ピーテル・ブリューゲルの「人間嫌い」の挿絵も挿入され、それについても考察をつけています。
常人には理解が難しいこの内容も専門家が分析するところによると、特に「組織的な暴力と社会的疎外」のパートにおいての「あらゆる権力が人民を支配するために機能する」という陰謀的な精神でシステムを非難するアナキストによるよく知られたレトリックだと言います。彼はこの論文を「おそらく、唯一の解決策は行動し、拒否し、妨害し、そして守ることだろう」と締めくくっていますが、同時に前文で、「この文書によって書かれている内容は、いかなる行為も正当化するものではない」とも記しています。
フランスでは、中学・高校くらいになると、この論文形式の課題が非常に多いのですが、こんな事件を起こす前にも、「いかなる行為も正当化するものではない」と言いながら、このような論文形式の内容の文書を全生徒に送りつけるというのもなんか哀しい一面でもあります。
彼は、犯行の30分前にはトイレに行って、帽子をかぶり、サングラスをして変装し、額に傷をつけると、15分前の段階で、この論文を全生徒に向けて送信してから犯行に臨んでいます。ただし、この送信された文書は、当初はほとんどの生徒がそれに気づくことはなかったようです。授業中だったのですから、当然のこと。事件直後でさえも、もう周囲の生徒たちは、それどころではないパニック状態だったのですから、それどころではありません。
彼は事件後、すぐに身柄を拘留されましたが、その日の夜には、「うつ病」と診断され、拘留に耐えうる状態ではないと判断され、拘留を解かれて、病院に搬送され、精神科に入院しています。しかし、この犯行は、彼が、直前にこのような論文を送信していたり、狩猟用のナイフの他もう一本のナイフを所持していたり、変装していたりと、かなりの計画性が認められており、今後の裁判では、この点が彼の責任能力に加味されるものと見られています。
この学校での事件に対する社会の反応
今回の被害者家族は、早々に「被害者の苗字や写真は絶対に公表してほしくない」と要請していたため、この被害者の少女に関する報道は、ほとんどありません。これは、時には、未成年でさえもその加害者や被害者の遺族などがテレビのインタビューに顔出しで答えていたりする場合もあるフランスでは、最初に被害者側がとった賢明な措置であったように思います。
その日は、ふだんと変わりなく、学校へ行った娘がこんなに残酷な殺され方をするなんて、予想だにしていなかったと思われ、ご遺族には、本当に言葉もありません。
この事件に関して、政府は早期の学校側や警察等の迅速な対応を賞賛し、マクロン大統領も「さらなる悲劇を防いだ教師たちの勇気」を讃えていますが、一方では、この衝撃的なできごとは単なる劇的なドラマ・悲劇ではなく社会事件であると問題的する声も少なくありません。
具体的には、フランソワ・バイルー首相は、「ナイフは潜在的に危険なものであり、致命的な武器でもあります。こうした武器は禁止されなければならず、取り締まらなければならない。誰もがこれが禁止されているものであることを知る必要があり、必要な管理が行われなければならない」と語っています。
フランスの学校に関しては、出入りがとても厳しく、一般的に保護者でさえも簡単には校内に立ち入ることはできないようになっています。しかし、生徒に関して、手荷物検査を行うなどという話は聞いたことがありません。しかし、この事件以来、登校時に荷物検査を開始した学校も出始めており、物騒極まりない事態になっています。
この加害者の少年は、明らかに精神的に不安定な状態であったことは、明白で、本人も身柄拘束後に「自分の病気が無視されてきたことを残念に思っていた」と語っているそうで、本人には病識があっただけに、周囲がこの病気に対処できてこなかったことが、一番の問題ではないかと思っています。

- RIKAママ
フランスって、どうしようもない・・と、日々感じながら、どこかに魅力も感じつつ生活している日本人女性。日本で約10年、フランスで17年勤務の後、現在フリー。フランス人とのハーフの娘(1人)を持つママ。東京都出身。
ブログ:「海外で暮らしてみれば・・」
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