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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

コロナ陽性になってわかったことがある - 膨大な量のワクチンが世界中で必要だ

クレジット:recep-bg

原則的に日本パスポート保有者しか入国できない、厳しいコロナ国境政策が続く日本。在外邦人の一人である私も、数回の一時帰国をあきらめた後、歳ゆく両親に会いたいとを意を決して準備を始めた。搭乗できなかった、入国できなかったとの悲話もぼちぼち散見し、ワクチン接種証明はもちろんのこと、帰国72時間前のPCRテストやその厳密な書類など周到に準備して、いざ出発!自信たっぷりの割には、ブリュッセル空港のカウンターで、日本帰国者が登録しなければいけない専用アプリ(MySOS)の存在を知らずに、いきなり冷や汗をかいた。たまたま隣のカウンターにいた日本人の女性が迅速に教えてくれて、キレかかるのカウンタースタッフの難の乗り切った。このご親切な方は、ベルギープロサッカーリーグで活躍する某日本人選手の姉君であった。

経由地のヘルシンキで、前日に遊んでいた友人から自身のコロナ陽性発覚とのメッセージが入った。これでは72時間前の陰性検査結果もむなしい。折しもこの日12月1日は数日前に日本でも変異株オミクロンが検知され、日本の国境の緊張は高まっていた。日本パスポート保持者も含めて新規の航空券予約はできないと発表があった日である(後に撤回)。私はヘルシンキでひとり静かに戦慄した。数日後にテストをすればおそらく私も陽性だ。羽田空港でのPCRテストでいち早く陽性となれば、同じ飛行機の乗っていた人全員が隔離施設に強制的に収用されるという恐ろしい想像が巡った。(実際には、「オミクロンの恐れがあれば」ということらしいが、この日の国境の様子の予測不可能さを極めていた)

30分ほど熟考して、ヘルシンキからベルギーに引き返すことに決めた。日本行き航空券を無駄にしたうえに、ヘルシンキからブリュッセルまでの高い片道航空券も買わなくてはならなかった。ささくれ立った心とからからの喉を潤すために、ヘルシンキ空港で一杯1300円の高いビールを2杯飲まなければいけなかった。失意で帰宅したとたんに家人を気遣って、自主隔離を開始。翌々日からは熱も出てきた。PCR検査の予約を苦労して取った結果、やはり陽性だった。

日本でも報道されていると思うが、ヨーロッパは第4波か5波か、かなりの国でコロナ感染が再び上昇し、医療機関を逼迫し始めている。とくにオランダとベルギーはその中心にあり、オランダは先駆けて規制的措置を取り始めた(先週からカフェ・レストランの営業は午後5時までとなった)。ベルギーは厳しい営業規制まで至っていないが、一部学校は閉まり、オンライン授業やマスク着用強制は戻ってきた。その前からカフェ・レストランに入るにあたって、ワクチン接種の証明するQRコードの提示を求められるようになった。ワクチンパスポートの提示は職場にも広がっている国もあり、ワクチン未接種者への事実上の行動規制は強まるばかりだ。国にもよるが、ワクチン懐疑派は相当数いて、それがより過激な陰謀説や極右勢力、個人の自由至上主義のリバタリアン、アナーキストなど多様な主張と結びついて、無視できない勢力となり、大規模なデモや衝突が起きている。

事実、生活の実感として、どこの職場も学校も陽性者がどんどん増えている。陽性者の家族や接触者は7-10日の自宅隔離になるので、そういう家族がねずみ講的に増えている。PCR検査は日常化し、需要は増すばかりで、ホームドクターは悲鳴をあげている。特設の検査センターは各都市に設置されている。自分でできるコロナ検査キットも大活躍だ。ベルギーでもオランダでも薬局で3ユーロ(400円)で普通に買える。日本では3-4000円するようなので、今回お土産に自己検査キットを忍ばせていた。

ベルギーのワクチン接種率は比較的高く約90%で、そのおかげか重症化する人は少ないが、「うちも先週まで家族全員でコロナでした」みたいな話があちこちである。自分がコロナになって、社会の見え方が大きく変わった。その一つは明らかにワクチンについてだ。コロナに感染しても生死を問う切迫感や緊張感から逃れられているのは、明らかにワクチンのおかげだ。私の場合は38度の熱と多少の咳が3-4日続いただけで、隔離はつづいているもののほぼ回復した。ワクチン接種前ならば、だれでも重症化する可能性があるし、そこまで至らなくても体に大変なダメージを受けるのは確実だ。ワクチン未接種の人が感染した場合の身体的、精神的負担は比ではない。

一度陽性になると肌身離さず大切にしていたワクチンパスポートは無効になる。代わりに、陽性検査から11日目に新しいQRコードを含む回復証明書が、自動的に政府から個人のデジタルポータルに届く。この回復証明書は、180日有効で、ワクチンパスポートと同様の効力を持って、飲食店へ入店、国境を超える移動、イベントの参加などできる。当然ながら、180日たったらどうなるのだろうかという疑問が即座に浮かぶ。おそらく新しいワクチン接種なしに国境を超える移動はできないだろう。コロナ陽性後の世界は未知である。

感染を避け、頑張って陰性であり続けたとしてもワクチンの効用がいつまで続くのかははっきりしない。すでにベルギーでは多くの人は接種から半年が過ぎようとしている。ジョンソン&ジョンソンのワクチンは一度でいいとの触れ込みで、うちの息子も含めた若年層に供給されたが、今では2度目を受けなくては効用が続かないとわかった。いずれにしてもワクチンの効用は徐々に低下するわけなので、コロナが続く以上いずれ3回目、4回目は来るだろうし、場合によっては半年毎のように常態化するのか、今では分らない。わかっていることは、世界中で膨大な量のワクチンがしばらく必要であり続けるということだ。

そしてこの度の変異株オミクロンである。専門家も科学者も、全世界の人が国境を越えてワクチンにアクセスできなければ、コロナウイルスはより強力に変異を続け世界全体を脅かし続けるとずっと警告してきた。ウイルスに国境はないし、ワクチンや治療薬への平等なアクセスを求める保健衛生の活動家や権利擁護団体が「みんなが安全なまではだれも安全ではない」と言い続けている理由だ。コロナ禍の世界になって2年が経とうとしている現在、G7の金持ち国の2回接種の平均が66%である一方で、アフリカ大陸でワクチンを受けた人々はたったの6%である。ベルギーで3回目のブーストが本格的に始まっている一方で、お隣のアフリカ大陸では先生や保健従事者でさえワクチンを一度も受けれていない人がたくさんいる、この異常なまでなでの不平等が粛々と続いている。

このようなワクチンアパルトヘイトが続く限り、新たな変異株は定期的に生まれ続けるだろう。終わりのない変異株との戦いと、高いワクチンの永続的な購入で国力や経済がヘトヘトになるなか、笑いが止まらないのはワクチンを独占的に製造する一握りの製薬会社だけだ。すでにEUのワクチン供給はファイザー社に80%独占されている。強固な知的財産権で守られた数えるほどの製薬会社が、価格や供給量、だれにだれに供給するかのすべての決定権を握っている。EUは巨額の開発費を投資し、巨額でワクチンを購入し続け、そのうちほんの一部を申し訳程度に途上国に「寄付」している。

信じがたいことにEUは、世界中で安価なコロナワクチンや治療薬を生産する最初の一歩となるコロナパンデミック下での限定的な知的財産権の放棄を求める提案に、強固に反対しつづけている。自分の家が火事になっているのに、台所にこもってドアを閉めて、火を消すために水道の水を出さない上のパロディーがすべてを語っている。折しも知的財産権の一時的放棄はインド、南アフリカなどの62か国から約2年前に共同提案され、現在では105か国の途上国が賛成している。知的財産権の交渉がおこなれるはずであった、ジュネーブでのWTOの閣僚会議がオミクロンを受けて直前に中止となった。

ワクチンを独占的に製造している製薬会社の多くはヨーロッパにある。EUはこれだけの状況に直面しながら、これらの製薬会社の独占を許し続けることがEUの「競争力」のためにプラスと信じているのは狂信的か妄信的で、理性も知性もない。そのカルト的な信仰の名前は、資本主義か市場至上主義か新自由主義か植民地主義か、そのすべてである。

日本での感染者が激減したのはうれしいことだけど、鎖国状態を保つことでしかこれを保てないのは痛々しいし、どう考えても持続可能ではない。いや、もしかしたら日本は、鎖国しながら、豊かな自然の恵みを最大化して、再生エネルギーで立国し、逆走的なトップランナーとなるのだろうか。それはそれですごいかもしれないと隔離の終盤で妄想する。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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