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ベネルクスから潮流に抗って

岸本聡子|ベルギー

ベルリンで住民投票可決:大手不動産の独占と家賃高騰にNO。住宅の収用と社会化にYES!

ベルリンのクロイツベルクのアパート クレジット:Nikada

9月26日に投開票されたドイツの連邦議会選挙の結果は日本でも伝えられただろう。ポスト・メルケル首相のドイツの政治は、16年ぶりに社会民主党が一党となった。メルケルのキリスト教民主・社会同盟は第二党に転落、環境問題が大きな争点となった結果、緑の党も躍進した。社会民主党の没落が著しいヨーロッパで、久々に中道左派に光が当たったことは興味深いが、私が5倍くらいおもしろいと思ったのは、総選挙と同時に行われたベルリンでの住民投票である。この結果は日本語ではちょこっとしか報じられていないが、国際的にはロイター通信ワシントンポスト、英ガーディアンファイナンシャルタイムズ、米誌the nationなど写真入りで詳しく伝えた。

というのも、内容と結果が画期的、もしくは仰天だったからである。住民投票は3000戸以上アパートユニットを所有する不動産会社の物件をベルリン市が収用することの賛否を問もので、賛成56.4%、反対39.0%で可決された。この住民投票は、賃貸住宅の不足や家賃高騰に苦しむベルリン市民が、2018年から本格的に開始した署名活動やデモを繰り返してきた一つの結実だ。住民投票の発案に必要な17万5千の署名数をはるかに超える34万3千の署名を集めた。

新しさと古さが混ざり合うドイツの首都ベルリン。自由で刺激的なコスモポリタンは、パリ、ロンドンなどの他のヨーロッパ大都市に比べ、比較的家賃や生活費が安く、学生やアーティスト、生活者を引き付けてきた。しかしここ10年は他の大都市と同様に住宅不足と家賃の高騰が激しく、10年間で家賃は約2倍になった。

建設ブームで新しくできるのは、家賃が2~3000ユーロの真新しい高級アパートメントコンプレックスばかり。ここに住めるのはグローバル企業や研究所のエクスパット(外国人駐在員)たち。普通の生活者が払える小さなアパート、例えば45m2500ユーロ(65,000円)の物件は2-300倍の倍率になることもざらで、当たりの確率の低いくじ引きのようだと住民は嘆く。

賃貸住宅を儲けの高い観光用の宿泊施設に変える理由で退去させられる、また改築の名の下に家賃が数百ユーロあがり、実質上追い出されるという家主の常套手段は、他の都市同様に横行しており、85%の人が賃貸住宅に住むベルリンで、市民の怒りは高まっていた。

住民投票を牽引したのは、賃貸住宅に住む普通の人たちが組織した草の根的運動。その名は「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」もしくはドイチェ・ヴォーネンを社会化せよ」(DWE)だ。ドイチェ・ヴォーネン社は、ベルリン州だけで 113000戸のアパートユニットを所有する不動産複合企業で、全賃貸住宅の6.8%を所有している。象徴的な存在としてキャンペーンの名前に選ばれた。

折しも業界第一位のヴォノヴィア社が二位のドイチェ・ヴォーネン社を買収する様相で、そうなると賃貸市場の独占はますます強くなる。このように大手不動産が同じ地区で多数を物件を所有すると、地区別に家賃上昇率を調整する緩やかな州の家賃規制政策は効果がなくなる。一企業が地区全体の家賃を上げるパワーを持ってしまうからだ。

少し歴史のひもを解けば、1989年のベルリンの壁崩壊から、公営住宅が大規模に一貫し民間に売却された。かつて賃貸住宅の51を占めた公営住宅25年間で48万戸から半分以下の22万戸に減った(26万戸が売却された。) その受け皿になったのがこれらの民間不動産企業で、巨大化し市場の独占を強めていった。

今回の住民投票の結果、収用の対象となるのは3000戸以上をもつ不動産のアパートユニットで、上記の2社だけでなく他の大手不動産数社も影響を受ける。合計は22万6千戸。全体の賃貸住宅市場の10%に当たる。「ドイチェ・ヴォーネンキャンペーン」は、ドイツの憲法にあたる基本法15条「土地や天然資源、生産施設の所有権は、社会で共同使用するために、共同体に移管することができる。ただし、共同体への移管については、損害賠償の方法と規模を規定する法律に基づいて行うこと」という15条を根拠に住民投票デザインした

損害賠償、この場合アパートの強制収用に対する補償であるが、キャンペーン側によると、市が市場価格以下で購入し、新たな住宅公社が管理する公的住宅として市民に適切な価格で貸す。その家賃収入で長期的に不動産会社に返済する計画で、他の公的予算を食いつぶさない工夫をしている。収用の価格をめぐる意見の違いが興味深い。キャンペーン側の収用費用合計の試算100-110億ユーロに対して、業界のコンサルはその4倍の400億ユーロと試算している。

住民投票に法的拘束力はないものの、ベルリン政府はこれだけの世論を前に立法化を検討し、市民に示さなくてはならない。社民党、緑の党、左翼党Die Linke連立の州政府は、明らかにレフトとはいえ、積極的に住民投票の結果を支持しているのはDie Linke党のみ。新市長(女性)も収用には慎重、懐疑的な立場だ。不動産業界は、10%の賃貸物件を収用して公的住宅にしたところで、投資家はドン引きし、投資は進まず、住宅問題の解決にはつながらない、と鼻息が荒い。また仮にベルリン州が立法し、収用が実現したとしても、州政府が投資家保護の国際協定によって訴訟を起こされる可能性は極めて高い。

住民投票に至る前、ベルリン州政府は市民からの世論を受けて、家賃高騰に歯止めをかけるべく2020年2月に家賃を5年間据え置きする条例を通した。これは90%の賃貸住宅をカバーするもので、自治体が家賃規制をできるかどうか注目された。が、家賃の規制は連邦政府にしかできないと、連邦憲法裁判所で条例が無効にされた経緯がある。

今回の住民投票はあれこれ手を尽くした果ての、粘り強くクリエイティブな市民運動の賜物であり、ベルリン市民ははっきりと意思を示した。一度手放した公的資産(住宅)は市場に放され、投機の対象になり金融化し、モンスター価格に吊り上がってしまった。それを市場の外に取り出すのがいかに困難な道のりか、ベルリン市民は痛烈に知りながら、挑んでいる。市井の人々が、グローバルな金融住宅市場に仕掛けた挑戦は、生活者の権利を守る切実で現代的な挑戦だけに、注目度が高い。

ドイツ首都の影響力は絶大だ。ベルリンで住民投票のひな型ができれば他の都市にもこの戦略が拡散する可能性があり、ヨーロッパ各地で急速に拡大する住宅の権利運動は勢いづいている。家賃の高騰で、特に影響を受けているのは若い世代。収入の50%を払って小さなアパートに住む生活からは、生活の自由も質も望めない。キャンペーンは収入の30%が「支払い可能な」価格の上限だと主張する。ベルリンでも他の都市でも住宅の権利運動をけん引しているのは若者世代で、気候変動運動と同様、危機感と緊迫感の中に力強いエネルギーが宿っている。

 

Profile

著者プロフィール
岸本聡子

1974年生まれ、東京出身。2001年にオランダに移住、2003年よりアムステルダムの政策研究NGO トランスナショナル研究所(TNI)の研究員。現在ベルギー在住。環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援が仕事。長年のテーマは水道、公共サービス、人権、脱民営化。最近のテーマは経済の民主化、ミュニシパリズム、ジャストトランジッションなど。著書に『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(2020年集英社新書)。趣味はジョギング、料理、空手の稽古(沖縄剛柔流)。

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