コラム

今年のネビュラ賞受賞作は、現在のパンデミックと隔離生活を予言したかのような近未来SF

2020年06月18日(木)16時15分

新型コロナウイルスのパンデミックを経て人々は新しい生活「ニューノーマル」を模索している Shannon Stapleton-REUTERS

<2020年の米ネビュラ賞(長編部門)受賞作が描くのは、テロとパンデミックの後に人々が隔離して暮らす近未来のアメリカ>

2020年6月現在、世界はまだ Covid-19(新型コロナウイルス)のパンデミックの真っ只中にある。厳しい自宅待機(あるいはロックダウン)を解除している地域はあるが、そのために患者数が急増している地域もある。ワクチンが出来て広まるまでは、このパンデミックは収まらないし、公共の場で大勢の人が集まる音楽やスポーツのイベントはそう簡単にできないだろう。

世界がこのような状態になることを、2020年の元旦に誰が予想できただろうか。

ところが、まるでこの状況を予言したかのようなSFが、昨年2019年9月に刊行されていたのだ。今年5月にネビュラ賞(長編部門)を受賞した『A Song for a New Day』の舞台は、テロとパンデミックの後で人々が隔離して暮らす近未来のアメリカである。

女性ロックミュージシャンの Luce Cannon は、若手のスターとして注目を集めるようになっていた。大きな会場で初めてのトリを務めることになった前夜からアメリカ中で同時テロが起こり始めた。すべてのコンサート会場やスポーツ・アリーナが爆弾予告を受け、大きなイベントはすべて中止されたのだが、Luceはレーベルやマネジャーの忠告を無視してコンサートを強行した。このコンサートは、世界で最後に行われた大規模なコンサートとして歴史に残った。

パンデミック後の「ニューノーマル」

同時テロに続いて起こったのが、高熱と発疹を伴う感染症「ポックス」のパンデミックだった。これらの対策として政府は大人数の集まりを禁じ、10年たった現在でもナイトクラブやライブコンサートは法で禁じられ、厳しく取り締まられていた。

子どもの頃にポックスに感染して生き残った若者は、hoodと呼ばれる機器を着装してアバターで仕事をし、他人と関わることしか知らない世代だ。SuperWallyのサービスセンターに務める Rosemary もそのひとりだ。両親は、子どもの命の安全のために隣人がいない田舎に引っ越し、農業を始めた。Rosemaryは両親の家の自分の部屋で安物の hoodを使ってカスタマーサービスをしているだけの人生だ。

だが、ホログラムでバーチャルコンサートをする StageHoloLive(SHL)のカスタマーサービスをしたことがきっかけで、RosemaryはミュージシャンのリクルーターとしてSHLで働くことになる。これまで両親の家しか知らなかった Rosemaryは、他の都市に旅できることに興奮を覚える。そして、本当のライブの素晴らしさを体験し、ミュージシャンたちにも惚れ込む。

最初に Rosemaryが発見したのは、Luceが作ったライブ会場だった。そこで才能あるバンドを発掘した Rosemaryだが、SHLによって Rosemaryのビジネスは破壊されてしまう......。

この小説の政府と現在アメリカのトランプ政権とでは対応がまったく逆なところが微妙ではあるが、パンデミック後の「ニューノーマル」の社会を深く考えさせるSFだ。

<関連記事>
人類の歴史を変えたパンデミックを描いたノンフィクション
警官と市民の間に根深い不信が横たわるアメリカ社会の絶望

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story