コラム

警官と市民の間に根深い不信が横たわるアメリカ社会の絶望

2020年06月02日(火)14時20分

全米に広がった今回の暴動の背景にあるのは「人種差別」だけではない Jonathan Ernst-REUTERS

<21世紀のハードボイルドの主人公は、絶望した人々に囲まれてまっとうに生きようとするシングルマザー>

5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官に喉を押さえつけられて死亡する事件があった。地面に押さえつけられたフロイドが「息ができない」と訴え、周囲の目撃者たちも「もう動いていない。やめなさい」と抗議しているのに押さえつづけた動画がインターネットで広まった。

その後起こった抗議デモは、当初は平和的なものだったが、過激化して放火や略奪などの暴動にエスカレートした。フロイドを押さえつけた警官は逮捕・起訴されたが、5月30日現在でも暴動は収まっておらず、州知事は白人優越主義団体や麻薬組織などの部外者が暴力に関わっている可能性があることを語った。

日本に住む日本人には、ミネアポリスの暴動を理解するのは難しいと思う。これは、独立したひとつの事件ではなく、アメリカ独自の歴史と社会構造により蓄積し、爆発寸前になるまで抑え込まれた憤りがあるのだ。

この連載でご紹介した次のような本を読んでいただけば、蓄積した憤りが少しはわかるかもしれない。

<参考記事:アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への接し方

<参考記事:白人が作った「自由と平等の国」で黒人として生きるということ

だが、この暴動の背景にあるのは「人種差別」だけではない。アメリカ市民が警官に対して抱く強い不信感も影響している。

トランプ大統領の情熱的な支持者を説明するノンフィクションとしてベストセラーになった『ヒルビリー・エレジー』は、かつて重工業で栄えたが最近のアメリカの繁栄から取り残された地域の白人労働者の貧困と絶望を見事に説明している。

今年1月に発売されて即座にベストセラーになった小説『Long Bright River』は、『ヒルビリー・エレジー』のフィクション版と呼びたくなるほど同じ社会問題を扱っているが、それに加え、市民と警察との複雑な関係も描いている。

アメリカの貧困層の白人の絶望に拍車をかけているのは、オピオイド依存症だ(他の人種には少ない)。中西部だけではなく、アメリカのすべての地方と都市部でオピオイド依存症が恐ろしいほど蔓延している。

ドラッグに依存している者は、購入のために別の犯罪を犯したり、売春をしたりする。警察は、住民の安全や社会の秩序を守る正義の味方であるべきだが、処理しきれないほど多くの犯罪が起こる場所では、秩序を守るために汚職に手を染める警官も出てくる。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電

ワールド

中国、海南島で自由貿易実験開始 中堅国並み1130

ワールド

米主要産油3州、第4四半期の石油・ガス生産量は横ば

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story