コラム

トランプに熱狂する白人労働階級「ヒルビリー」の真実

2016年11月04日(金)17時00分

 トランプの支持者に取材していた筆者は、ヴァンスの本を読んでいて「まったく同じ人々だ」と感じた。ヴァンスが説明するアパラチア山脈のヒルビリーに限らず、白人が多い田舎町では同じように「トランプ現象」が起こっている。

 ヴァンスは家族や隣人として彼らを愛している。だが、「職さえあれば、ほかの状況も向上する。仕事がないのが悪い」という彼らの言い訳は否定する。社会や政府の責任にするムーブメントにも批判的だ。

 困難に直面したときのヒルビリーの典型的な対応は、怒る、大声で怒鳴る、他人のせいにする、困難から逃避する、というものだ。自分も同じような対応をしてきたヴァンスが根こそぎ変わったのは、海兵隊に入隊してからだった。そこで、ハードワークと最後までやり抜くことを学び、それを達成することで自尊心を培った。そして、ロースクールでの資金を得るためにアルバイトしているときに、職を与えられても努力しない白人労働者の現実も知った。遅刻と欠勤を繰り返し、解雇されたら怒鳴り込む。隣人たちは、教育でも医療でも政府の援助を受けずには自立できないのに、それを与える者たちに牙をむく。そして、ドラッグのための金を得るためなら、家族や隣人から平気で盗む。

 そうなってしまったのは、子供のころから努力の仕方を教えてくれる人物が家庭にいないからだ。

【参考記事】「誰かに認められたい」10代の少女たちの危うい心理

 ヴァンスはこう言う。「僕のような子供が直面するのが暗い将来だというのは統計が示している。幸運であれば福祉の世話になるのを避けられるが、不運ならアメリカの多くの田舎町で起こっているように、ヘロインの過剰摂取で死ぬ」と。彼がアイビーリーグのロースクールに行って弁護士になれたのは、ずば抜けた天才だったからではない。幸運にも、宿題を強要する母代りの祖母や、支え合う人間関係について身をもって教えたロースクールのガールフレンドなど、愛情を持って支えてくれた人たちがいたからだ。ヴァンスのように幸運でなかった者は、「努力はしないが、バカにはされたくない」という歪んだプライドを、無教養、貧困とともに親から受け継ぐ。

 この問題を、どう解決すればいいのか?

 ヴァンスは、ヒルビリーの子供たちに、行き場や自分のようなチャンスを与えるべきだと考える。そして、悪循環を断ち切ることだ。だが、その方法については「僕にも答えはわからない」と言う。

「だが、まずオバマやブッシュ、顔のない企業のせいにするのをやめなければならない。そして、どうすれば改善するのか、自問するところから始めるべきだ」

 これは、ヒルビリーだけではない。私たちもそうしなければならないだろう。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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