コラム

インテリジェンス機関をもてあますトランプ大統領

2017年07月21日(金)18時10分

記事が出た時のNSA長官は陸軍大将のキース・アレグザンダーだった。前任のヘイデンは、違法性の高かった令状なし傍受を可能にした長官として評判が悪いが、ヘイデンはむしろ慎重派で、より積極的だったのがアレグザンダーである。彼はNSAの持っている能力を中東のアフガニスタンやイラクで積極的に使い、多くのNSA要員が中東に派遣され、現地の敵対勢力の通信を傍受することによって対米テロ鎮圧に成果を挙げることになった。

そして、2010年に米軍内にサイバー軍(USCYBERCOM)が設立されると、その司令官を兼任することになった。米軍ではポジションを兼任することが多いとはいえ、インテリジェンス機関のトップと軍の司令官を兼任するのはめずらしい事例であった。

NSA長官兼サイバー軍司令官としてのアレグザンダーは注目を浴びる存在となった。たとえば、2012年夏にはハッカーの祭典としてられるデフコンにも登場し、腕利きのハッカーの政府機関へのリクルートにも一役買った。

ところが、先述のように2013年6月に香港でエドワード・スノーデンが現れ、NSAが主要なIT事業者と協力して大規模な通信傍受を行っていることが暴露されると、一転してNSAとアレグザンダーは批判の対象になる。クラッパー国家情報長官も議会の公聴会に呼び出され、NSAと他のインテリジェンス機関の業務に厳しい批判の目が向けられることになった。

実質的にスノーデン事件の責任をとる形でアレグザンダーは翌年3月に辞任し、海軍提督のマイク・ロジャーズがNSA長官兼サイバー軍司令官に就任した。

2016年大統領選挙とFBI

FBIはどうだろうか。J・エドガー・フーバーが1972年まで68年間にわたって君臨した後、2001年までの4人の長官はそれほど目立つ存在ではなかった。その後、2001年の対米同時多発テロの1週間前に就任したのがロバート・モラーである。モラーは海兵隊を除隊した後、弁護士となり、連邦検事などを務めた後、FBI長官となって、ジョージ・W・ブッシュ政権の7年半、そしてオバマ政権の4年半、合計12年間、長官を務めた。フーバーが長期にわたって務めた後、FBI長官の任期は10年間とされていたが、議会の承認を得てモラーは2年間延長した。

そして、そのモラーを引き継いだのが、ジェームズ・コミーである。コミーは弁護士となった後、連邦検事や司法副長官を務め、オバマ政権でFBI長官に抜擢された。コミー長官は、頻発するサイバー犯罪、サイバー攻撃への対処に追われることになった。2014年11月にソニー・ピクチャーズに対するサイバー攻撃が発覚した後、まもなくコミー率いるFBIは、それが北朝鮮政府によるものだと名指しした。それにはロジャーズ長官のNSAも密接に協力している。

しかし、コミーを悩ませる事件が2016年の米国大統領選挙をめぐって起きる。FBIが米国の民主党全国委員会(DNC)への不正侵入に気がついたのは、大統領選挙の前年の2015年夏だった。FBIはDNCに警告を出すものの、FBIもDNCも適切な対応をとらなかった。その結果、2016年夏になり、DNCのメールサーバーから盗まれたメールがオンラインで暴露されることになった。それによって民主党のバーニー・サンダース候補よりもヒラリー・クリントン候補が有利に扱われていることが分かり、DNCの委員長は辞任に追い込まれた。同時に、ヒラリー・クリントンが国務長官時代に電子メールを不適切に扱っていたことも発覚しており、対立する共和党のトランプ候補は執拗に批判を続けた。

プロフィール

土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。国際大学グローバル・コミュニティセンター主任研究員などを経て2011年より現職。主な著書に『サイバーテロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)、『暴露の世紀 国家を揺るがすサイバーテロリズム』(角川新書、2016年)などがある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:米中首脳会談は幅広い合意困難か、双方に融

ワールド

インタビュー:高市外交、隣国との関係構築が関門 ト

ワールド

EU、2040年までの温室効果ガス削減目標設定へ 

ビジネス

全国コアCPI、9月は+2.9%に加速 電気・ガス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼稚園をロシアが攻撃 「惨劇の様子」を捉えた映像が話題に
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story