コラム

ドイツは「緑の首相」を選ぶかもしれない

2021年04月28日(水)19時00分

緑の政策

緑の党は、3月に選挙プログラムの草案を発表し、2030年までにCO2排出量を1990年比で55%から70%削減するという目標を掲げている。また、ドイツにおける原子力発電の終了時期を、現在の2038年ではなく、2030年に早めることを約束している。さらに、クルマを愛するドイツといえども、緑の党の下では、アウトバーンの最高速度は時速130kmに制限され、2030年以降は、内燃エンジン車が終焉することになる。

takemura20210428_4.jpg

2008年11月8日、ドイツ北部のゴルレーベンにある核廃棄物処分センター近くでの反核抗議デモ。緑の党は、フランスから大量の核廃棄物が到着したドイツ北部の核廃棄物処分センターの近くで原子力エネルギーに抗議した。看板には「リスクだけが確実だ」と書いてある。Foto: Paula Schramm, CC BY-SA 2.0


軍事・安全保障政策に関しては、党内の左派がまだ健在だ。緑の党の選挙綱領では、ドイツがNATO内で約束している2%の防衛費目標にも反対している。緑の党は、ドイツの軍隊に資金を提供することを約束しているが、コロナ禍による予算逼迫の中で、厳しい選択を迫られている。緑の党の閣僚たちは、例えばカーボン・ニュートラルやデジタル・トランスフォーメーション(DX)、社会福祉プログラムへの投資よりも軍事費を増やすことはないだろう。

緑の党が政権を取れば、独仏防衛協力の主要プロジェクトである独仏戦闘機の開発も終焉を迎えるかもしれない。ベアボックは、ドイツが核兵器禁止条約に署名すること、NATOの核共有プログラムから離脱すること、ドイツ国内からすべての米国製核兵器を撤退させることを要求している。彼女は3年前にこれらの立場を表明して以来、今も否定していない。これは、核抑止力なるものを、克服すべき「有害な男性原理」だとする「フェミニスト外交」を主張しているからだ。

緑の党とCDUとの連立課題

メルケル首相の後継候補として、CDU/CSU連立与党の保守系統一会派は、首相が属する与党CDUのアルミン・ラシェット党首(60)を選出した。ベアボックとラシェット首相候補の争いは、ドイツが必要としている外交・安全保障政策の有意義な議論につながるかもしれない。

takemura20210428_2.jpg

ドイツ北西部の都市ミュンスターの選挙運動ツアーでのアンゲラ・メルケル首相(左)と後任のアルミン・ラシェット(右)。ラシェットは、2017年からノルトライン・ヴェストファーレン州の首相を務めている。メルケル首相の後継候補として、連立与党の保守系統一会派は、首相が属する与党キリスト教民主同盟(CDU)のラシェット党首(60)を選出した。Foto: NRW-CDU


ラシェット候補は、NATOの2%目標を強く支持し、核抑止力を信じている。一方、ベアボックは、緑の党がクレムリンや北京の脅威を鋭く認識していることと、安全保障・軍事政策のスタンスをどのようにCDUと折り合いをつけるのかが注目される。ベアボックは、ラシェット対して、軍縮を求め、ノルドストリーム2に対する弱腰姿勢を批判し、メルケル首相とは全く異なる中国政策の必要性などについて問いただすことができるだろう。

また、予想される公開討論では、司会者がベアボックとラシェットに、米国が核兵器による欧州の安全保障をもはや約束しないと決定する日に向けて、ドイツと欧州はどのように備えるべきかを迫るかもしれない。

16年間の野党活動を経て、緑の党はドイツの外交政策において優れた発言力を持つようになり、アイデアにも事欠くことはない。しかし、安全保障政策の中核となる部分では、ドイツの主要な同盟国とは大きくかけ離れている。

総選挙まで残り5ヶ月、すでにドイツの2州の議会選で与党CDUが大敗していることもあり、ドイツ国民が現状維持を貫くのか、それとも「緑」の政策を選択するのか?世界が注目する連邦議会選挙は、9月26日に実施される。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

オープンAI、組織再編でマイクロソフトと合意 株式

ワールド

イスラエル軍がガザ空爆、20人超死亡か 米副大統領

ビジネス

エヌビディア、米エネ省向けスパコン構築へ AIチッ

ビジネス

トランプ・メディア、予測市場事業に参入へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 4
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 5
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 6
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    「何これ?...」家の天井から生えてきた「奇妙な塊」…
  • 9
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story