最新記事

米企業

737MAX墜落事故の犠牲者家族に、ボーイング幹部が言い放った心ない言葉

REMEMBER THE MAX CRASH

2021年12月1日(水)16時54分
ピーター・ロビソン(ジャーナリスト)

3月10日、エチオピアのスカイライトホテル373号室は26の国からやって来た遺族でいっぱいになった。墜落後の数日間、遺族が集められた部屋だった。事故の後、積極的な活動や無数の電子メール、チャットのスレッドを介して、遺族たちは互いの絆を深めていた。

追悼式典は墜落現場の仮設テントで開催され、地面には10万本以上のバラの花が敷き詰められた。遺族の望みどおり、ボーイングからは誰も同席しなかった。

式典を企画して遺族を呼び集めたボーイングの名をあえて挙げることなく、遺族たちの代表が犠牲者追悼の辞を読み上げ、その後、6分43秒(離陸から墜落までの飛行時間)の黙禱を行った。

それから、事故の犠牲者それぞれのための小さな鉢を木箱に並べ、種を植えた。唯一の不協和音は、現場の周囲に新しく設置された鎖で連結されたフェンスだった。「会社側は、遺族が入り込んで遺骨を掘り出すことを恐れている」。ボーイングに雇われたイベントプランナーは、サミヤの母ナディアにそう話した。

皮肉にもパンデミックで「名誉回復」

遺族たちが自宅に戻ると、世界はすっかり変わっていた。20年3月11日、アメリカではNBAが残り試合全ての中止を決定。俳優トム・ハンクスは自分と妻が新型コロナウイルスに感染したと発表した。これでみんな、事態の深刻さを実感した。劇場もコンサート会場も、酒場も食堂も空っぽになり、代わりに集中治療室がいっぱいになった。あちこちで外出禁止令が出た。誰にとっても初めての経験だった。

しかしマイケルとナディアは少しも怖くなかった。最愛の娘を失い、冷血漢を相手につらい交渉もしてきた夫妻は、既に地獄を見ていた。

翌4月にはロックダウン(都市封鎖)が世界中に広がった。人の移動は、前年同期比で実に95%も落ち込んだ。世界中の旅客機の3分の2は駐機場で眠ったまま。ボーイング社への発注は止まり、この年だけで1000機以上のキャンセルが出た。B737MAXの在庫は400機に積み上がったが、買ってくれる航空会社はなかった。それに、事故から1年たってもMAXの運航再開許可は下りていなかった(その後、アメリカでは20年12月に運航再開)。

皮肉なもので、ボーイングは新型コロナウイルスのパンデミックで救われた。感染者が増え続けるなかでB737MAXの「不具合」話は忘れられた。大企業経営者の冷血な計算式では、世界規模の悲劇も自社のチャンスに変えられる。ボーイングはもはや、粗雑な管理体制で多くの人命を奪った悪徳企業ではなくなっていた。国家的な非常事態ゆえに商機を失い、何万もの従業員の雇用を守るために悪戦苦闘しているアメリカ製造業の代名詞になっていた。当時の大統領ドナルド・トランプは言ったものだ。「ボーイングをつぶすわけにはいかない」と。

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB、物価の上下いずれの乖離にも等しく対応 新金

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で大規模爆撃 死者数は38人

ワールド

シリアやレバノンとの外交樹立に関心、ゴラン高原対象

ビジネス

日産、英工場で早期退職募集 世界で2万人削減の一環
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    メーガン妃への「悪意ある中傷」を今すぐにやめなく…
  • 6
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 7
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 8
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    突出した知的能力や創造性を持つ「ギフテッド」を埋…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 3
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中