最新記事

インタビュー

百田尚樹と「つくる会」、モンスターを生み出したメディアの責任 石戸諭氏に聞く

2020年6月17日(水)12時00分
小暮聡子(本誌記者)



――本書で、アメリカのトランプ現象について書いた社会学者A・R・ホックシールドの言葉を引用している。「わたしたちは、川の『向こう側』の人に共感すれば明快な分析ができなくなると思い込んでいるが、それは誤りだ。ほんとうは、橋の向こう側に立ってこそ、真に重要な分析に取りかかれるのだ」と。石戸さんが百田さんやつくる会の3氏に話を聞きに行ったのは、まさに「川を渡る」行為だったと思う。

私はトランプ大統領誕生時にニューヨーク支局にいて選挙取材をしていたが、当時あるトランプ支持者が言っていたのは、「リベラルの人たちは一応は対話しましょうと言ってくる。だが議論が始まり、意見が異なると、こちらを転向させようとしてくる」と。


まさにそれだ。リベラルはファクトチェックをして、論破して、転向させようとする。考え方を変えさせようとする傾向がある。そういうことをやれば、相手は意固地になっていくだけだ。

本書にも書いたが、つくる会にしても、対話のチャンネルはあったはずなのに閉ざしてきた責任はリベラルの側にもある。

僕はつくる会が言うファクトそのものについては危ういと思っているし、歴史認識の問題について考え方は違う。だが、彼ら自身が考えた「問い」そのもの、日本の歴史や歴史教育の在り方とは何かという問いを発したことそのものを否定する気はない。

ポピュリズム運動が起こる理由を丁寧に追うと、多くの場合、彼らは正しい問いを発している。右派的な歴史観のファクトチェックは大事だが、同時になぜ力を持つに至ったのかということを問うていく必要があった。日本のリベラルも右派的な歴史観を論破することにリソースを割いたが、対話のチャンネルは閉ざしてしまった。そこに問題があったのではないか。

――石戸さんはこの本の序章で「本書は、10代の『私』に対する2020年からのアンサーという意味合いがある」と書いている。学生時代から、右派の主張はあまりに短絡的だと思う一方で、「逆に彼らを批判するリベラル派・左派の言葉は常に『永遠の正論』であり、それ以上のものではなかった」と。

石戸さん自身は大学卒業後、毎日新聞とバズフィードといういわゆるリベラル系メディアに籍を置いていた。リベラルメディアの責任について思うことは。


繰り返しになるが、右派的な歴史観が力を持った原因の半分は、リベラル側にあると考えている。歴史認識論争など右派的な言説が出てきた際、リベラル派がやったことは、ファクトチェックだ。

つくる会に対しても、リベラル・左派系メディアが見ようによっては「上から目線」のファクトチェックで対抗した。相手は間違った歴史観であると強調した。では、チェックされた側はどうなるか。さらに左派が言っているファクトはおかしいと反論することになり、論争は平行線をたどった。

自分たちの側に正義があって、ファクトチェックをすれば相手を正せるのだ、という態度で接すれば、相手は意固地になっていく。つくる会のメンバーからすれば、自分たちは誠実に考えているのに、リベラルメディアに誠実に対応してもらえなかったという気持ちがある。

例えば、藤岡さんには彼なりの、左派からつくる会に転身していく理由がある。それなのに左派系メディアやその読者は、転身した理由を聞かずにファクトチェックをして、論破しようと試みた。

ファクトというのは問題の1つでしかなかったのだが、それこそが問題のすべてだという風に捉え違えてしまったこと。これが論争を通じて、右派的な歴史観が広がっていった、より本質的な原因なのだと思う。論破していこうという姿勢そのものが実は危うかったのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

物価目標の実現「着実に近づいている」、賃金上昇と価

ワールド

拙速な財政再建はかえって財政の持続可能性損なう=高

ビジネス

トヨタの11月世界販売2.2%減、11カ月ぶり前年

ビジネス

予算案規模、名目GDP比ほぼ変化なし 公債依存度低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中