最新記事

ドイツ

メルケル時代が終わる理由は、難民・移民問題ではない

Angela Merkel Failed

2018年11月12日(月)11時50分
ヤンウェルナー・ミュラー(プリンストン大学政治学部教授)

メルケルは現実主義を前面に出し、断定的な論陣は張らない政治家だ。ヘルムート・コール元首相をはじめとするCDUの歴代党首が、時に感傷的に欧州観を語ったのとは対照的だ。

そんなビジョンある指導者という在り方をメルケルが避けてきたせいで、ユーロ危機と「移民危機」を経た後のEUを立て直すことは一段と困難になった。ちなみに、移民危機という言葉は間違いだとフランスのエマニュエル・マクロン大統領も指摘している。危機に陥ったのは欧州の政治秩序だった。

逃した最後のチャンス

共通通貨を持ち、国境もないに等しい1つの国のようなEUは、2015年の危機の後にもその状態を維持することが大きな課題となった。だが難民対策も「欧州共通」で、というメルケルの努力は一段と困難になる。民衆の外国人恐怖症に付け込むハンガリーのオルバン・ビクトル首相やオーストリアのセバスティアン・クルツ首相、イタリアのマッテオ・サルビニ副首相といった政治家が台頭したためだ。

それでもメルケルに最後のチャンスが訪れた。マクロンが昨年、欧州統合推進のため仏独協力案を打ち出したのだ。

今年に入って選挙で苦戦したメルケルはSPDとの連立を強いられたが、2月までSPD党首だったマルティン・シュルツはマクロンの構想に賛同していた。そこでメルケルは、欧州議会の経験も豊かなシュルツと協力してEU再生計画を示すこともできた。ドイツの二大政党の協調を示す動きになっただろう。

だが、これは実現しなかった。マクロンの主張は先細り、メルケル寄りだったオランダのマルク・ルッテ首相までEUの縮小に言及した。いつの日かドイツ国民は、メルケルがドイツ経済を強みとして大胆に行動すべきだったと批判するかもしれない。

国民は問うだろう。国家の中枢に卓越したテクノクラートがいることは結局、民主主義を損なったのではないか。民主的な選択肢を実感するためには政党の乱立も有用ではないか、と。

メルケルには慎みがあると国民は受け止めている。今の世界の一部指導者とは実に対照的だ。しかし、慎みだけでは解決しない問題は多い。

From Foreign Policy Magazine

<2018年11月13日号掲載>

※11月13日号は「戦争リスクで読む国際情勢 世界7大火薬庫」特集。サラエボの銃弾、真珠湾のゼロ戦――世界戦争はいつも突然訪れる。「次の震源地」から読む、日本人が知るべき国際情勢の深層とは。

ニューズウィーク日本版 韓国新大統領
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年6月10日号(6月3日発売)は「韓国新大統領」特集。出直し大統領選を制する「政策なきポピュリスト」李在明の多難な前途――執筆:木村 幹(神戸大大学院教授)

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

メルコスルとの貿易協定、夏前に承認の可能性=EU農

ビジネス

消費支出、4月は前年比0.1%減 2カ月ぶりマイナ

ワールド

米国・インド通商当局者による会談始まる 今月内合意

ビジネス

ペトロブラス、アフリカをブラジル国外での主要開発地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:韓国新大統領
特集:韓国新大統領
2025年6月10日号(6/ 3発売)

出直し大統領選を制する李在明。「政策なきポピュリスト」の多難な前途

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット騒然の「食パン座り」
  • 3
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪んだ認知
  • 4
    壁に「巨大な穴」が...ペットカメラが記録した「犯行…
  • 5
    女性が愛馬に「後輩ペット」を紹介...亀を見た馬の「…
  • 6
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 7
    韓国新大統領にイ・ジェミョンが就任 初日の執務室で…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    脳内スイッチを入れる「ドーパミン習慣」とは?...「…
  • 10
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシストの特徴...その見分け方とは?
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 6
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 7
    ウクライナが「真珠湾攻撃」決行!ロシア国内に運び…
  • 8
    日本の女子を追い込む、自分は「太り過ぎ」という歪…
  • 9
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 10
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 9
    ペットの居場所に服を置いたら「黄色い点々」がびっ…
  • 10
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中