最新記事

ドイツ

メルケル時代が終わる理由は、難民・移民問題ではない

Angela Merkel Failed

2018年11月12日(月)11時50分
ヤンウェルナー・ミュラー(プリンストン大学政治学部教授)

選択肢を示さないツケ

メルケルは脱原発に政策転換を図った。それが可能だったのは官僚的と評され、合理的で党派を超えた選択ができたためだ。

実際、彼女はライバル政党(特にSPD)の政策をまねて、支持者を奪うこともあった。福島第一原発事故の後に脱原発を選択したことで緑の党との連立に道を開き、戦略の幅を広げた。

急激な政策転換を可能にした要因としては、時には強引に政敵を脇に追いやり、党を掌握していたことが挙げられる。同時にメルケルは、自分には筋の通った政治理念があり、党派の違いはそれほど意味を持たないと国民を納得させた。

すなわちメルケルは、テクノクラート(専門知識を持つ技術官僚)的なのだ。特にユーロ危機の際には「ほかに政策の選択肢はない」と説き、反対派には分別のない「悪いヨーロッパ人」、つまりは「悪いドイツ人」というレッテルを貼った。「良いドイツ人」ならEU統合に熱心なはずだという論法だ。

だが、こうしたやり方はポピュリズムの台頭を許しがちだ。メルケルに対抗して創設された極右政党の名が「ドイツのための選択肢(AfD)」だったのは決して偶然ではない。

選択肢がない民主政治は無意味だというポピュリストの主張は正しい。有権者には常に複数の選択肢が与えられるべきだ。

中道政治家の多くは、おそらくAfDへの最初の対応が誤っていた。ユーロ救済策に対するAfDの批判を、道徳論に基づいて糾弾したのだ。それがAfDの急進化を招いたとも言える。

AfDはCDUに対抗する右派政党にしては珍しく長続きし、2015年に入っても消滅しなかった。同年夏にメルケルは、債務危機のギリシャ支援問題で強硬姿勢を取って有権者の支持を保った。だが難民受け入れがAfDを勢いづけ、さらに急進化させた。

こうして今日の、急進右派の大衆迎合主義政党というAfDの姿がある。政策綱領と呼べそうなものは移民などマイノリティーへの敵意だけという政党だ。

おそらくはメルケルが難民受け入れの方針を釈明できなかったこと、そして当時は議会内の全政党に加えてメディアの多くもメルケルを支持していたことが、ポピュリスト政党に力を与えた。エリート層はどうせ腐敗しているし、大衆のためには行動しないというイメージこそ、ポピュリズムを勢いづかせる。

難民受け入れはEU崩壊を防ぐ方策だったのか、それとも人道的な措置だったのか──今も多くのドイツ人が答えを見つけられずにいる。ほかに選択肢はなかったという言い方では当時も不十分だったし、今もそうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRB、近い将来の利下げなお可能 政策「やや引き締

ワールド

米国、和平合意迫るためウクライナに圧力 情報・武器

ビジネス

ユーロ圏の成長は予想上回る、金利水準は適切=ECB

ワールド

米「ゴールデンドーム」計画、政府閉鎖などで大幅遅延
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体制で世界の海洋秩序を塗り替えられる?
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 6
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 7
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中