最新記事

ケント・ギルバート現象

データで読み解くケント・ギルバート本の読者層

WHAT THE DATA REVEALS

2018年10月29日(月)16時00分
高口康太(ジャーナリスト)

この疑問について、計量調査によって日本人の政治意識、対外国人意識を研究している早稲田大学文学学術院の田辺俊介教授に話を聞いた。

田辺が2009 年から継続的に実施している調査でも、確かに年齢が上がるほど、愛国主義が強まる結果が出ている。また別の調査では、アジアよりも欧米を上と見なす「西高東低」の価値観も年齢が上がるほど強まるとの結果が出た。その意味でギルバートの本の読者層とは一致する。ただし、いわゆる「反中嫌韓」のムーブメントが始まった当初から高齢者がその担い手だったわけではないという。

嫌韓感情について田辺が分析したところ、2009年の調査では年齢が若く反権威主義的であることが特に強い嫌韓感情と関連していたが、2013年の調査では反権威主義・低年齢との相関は消えてしまったという。若者から高齢者へ、嫌韓の担い手が変わったという可能性を示唆する結果だ。

初期の嫌韓ムーブメントを牽引した漫画家、山野車輪も同様の見解を示している。

「黎明期の嫌韓は、『マスコミが報じない本当の韓国を知ろうよ』という純粋な啓蒙活動。今の嫌韓は、韓国批判がタブーだった時代が終わり、タブーとされていたこと自体が半ば忘れられている中で、保守勢力や愛国精神と密接に繋がっている」(日刊SPA!)

若者を主体に始まった反権威的ムーブメントが、気付けば高齢者を中心とした保守的な潮流にのみ込まれたという転換であり、『儒教』のベストセラーはその追い風に乗ったと言えるのかもしれない。

ただし、ギルバートの著作はある特定の社会グループに支えられてベストセラーとなったとはいえ、欧米のような社会的分断と日本では状況が異なると田辺は指摘する。

「欧州では実際に移民が国内に入ってきて、『俺たちの職が脅かされる』という生活面の不安が排外主義の発端となった。一方で日本は『治安不安』、現実には治安は悪化していないが、外国人が増えると犯罪が増えるのではないかという不安から始まり、歴史教科書や従軍慰安婦、尖閣、竹島といった国家間の問題によって拡大したという異なる経緯をたどっている」

日本では生活と懸け離れた曖昧な不安でしかなく、欧米ほど社会的分断は激化していないとの見立てだ。しかし、技能実習生の範囲拡大など、受け入れ対策が不十分なまま実質的な移民拡大が進むなか、今後は「職をめぐる競合」という認知にも発展しかねないと田辺は警鐘を鳴らす。

『儒教』の大ヒットに関しては、書き手の思想や出版社の姿勢が問われてきたが、社会問題の側面もあるのではないか。ベストセラー本の背後に日本社会に走る亀裂が見え隠れしている。

(筆者は1976年生まれ。著書に『現代中国経営者列伝』『なぜ、習近平は激怒したのか』。執筆協力:伊藤亜聖・東京大学社会科学研究所准教授)

【参考記事】出版業界を席巻するケント・ギルバート現象の謎

※本誌10/30号(10/23発売)「ケント・ギルバート現象」特集はこちらからお買い求めになれます。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、NATOへの関与に否定的発言 集団防衛

ワールド

北朝鮮が固体燃料エンジンの地上燃焼実験、金総書記が

ワールド

ウクライナ大統領がUAE・カタール訪問、防衛協力で

ワールド

全米で反トランプ集会 移民政策やイラン戦争に抗議 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 2
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 3
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のSNS動画が拡散、動物園で一体何が?
  • 4
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 9
    ウィリアム皇太子が軍服姿で部隊訪問...「前線任務」…
  • 10
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が…
  • 6
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 7
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 8
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 9
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中