最新記事

ケント・ギルバート現象

出版業界を席巻するケント・ギルバート現象の謎

2018年10月25日(木)17時20分
安田峰俊(ルポライター)

保守派の書籍が多い近年の出版業界でもギルバートの多作ぶりは際立つ SOICHIRO KORIYAMA FOR NEWSWEEK JAPAN

<往年の著名外国人タレントから、次々にヒットを飛ばす論客へ。保守派の「新星」はいかに生まれたか。その背景には、日本の保守系論壇における2人の大物の存在があった>

※本誌10/30号(10/23発売)は「ケント・ギルバート現象」特集。ケント・ギルバートはなぜ売れっ子になれたのか? 読者は「ネトウヨ」なのか? 本人にもインタビューし、言論界を席巻する「ケント本」現象の深層、さらにはデータから読者層の謎を読み解いた。
(この記事は本誌「ケント・ギルバート現象」特集の1記事「出版業界を席巻するケント・ギルバート現象」の一部を抜粋したもの)

現在、30代後半以上の日本人ならば、彼の名前を知らない人のほうが少ないのではないだろうか。80〜90年代、人気番組の『世界まるごとHOWマッチ』や『関口宏のサンデーモーニング』のほか、ドラマや映画にも盛んに出演していたアメリカ人、ケント・ギルバート(66)のことである。

1952年アイダホ州生まれのユタ州育ち。端正なマスクと、流暢で知的な日本語の語り口を武器に、往年の「外タレ(外国人タレント)」ブームを牽引するお茶の間の顔だった。

だが、1997年頃の『サンモニ』の降板以降、テレビで彼の姿を見る機会は減った。もはや「あの人は今」的な存在となって久しい──はずだったが。

近年になって、初老を迎えたギルバートは意外な再ブレイクを果たした。『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』(PHP研究所、以下『GHQ』)、『米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体』(KADOKAWA)など、日本の保守派に寄り添う論調の著書で次々とヒットを飛ばすようになったのだ。

なかでも2017年2月に出版された『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社、以下『儒教』)は、電子書籍版と合わせて51万部もの版を重ねた。日本人の「高い道徳規範」を称賛し、「非常識」な儒教国家である中国・韓国・北朝鮮に立ち向かうことを説いた同書は、2017年の年間ベストセラーの第6位に入る健闘ぶりだ(出版取次最大手・日本出版販売調べ)。

他にも小学館や宝島社など有名出版社から著書を出し、2017年だけでも12冊以上、2018年も9月末までに12冊以上を出版(共著含む)。書店の店頭で彼の名前を見ない日はない。とどまるところを知らぬ勢いは、まさに「ギルバート現象」と呼ぶにふさわしい。

そんな彼の主張の根幹を成すのは、日本人が敗戦後に「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」と称する連合国軍総司令部(GHQ)の洗脳工作を受け、それが現代の日本の政治や社会に問題をもたらしているとする歴史観である。例えば彼はこう主張する。

「(GHQは)日本人を徹底的に洗脳し、武士道や滅私奉公の精神、皇室への誇り、そして、それらに支えられた道徳心を徹底的に破壊することで、日本人の『精神の奴隷化』を図ろうと試みたのです」

「GHQが去った後(中略)、『精神の奴隷化』政策を継続したのは、日本の政治家と教育界、そして左傾化したマスコミです」(以上、『GHQ』)

終戦直後、GHQが日本で一定の世論工作を実施したことは客観的にも確かだろう。だが、メディアや教育界が70数年後の現在までそれに支配され、国民を「反日」的に洗脳したり、中国や韓国と結託して日本をおとしめたりしている──というのがギルバートの主張だ。慰安婦問題や南京事件への解釈も、日本の保守派寄りのものである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中