最新記事

米社会

いじめの加害者をどう罰するべきか

セックスしているところをネットで生中継された大学生が投身自殺するなど、アメリカではいじめによる自殺が大きな社会問題になっている。だが過剰な「加害者たたき」は真実を見えなくするだけだ

2010年11月16日(火)14時39分
ジェシカ・ベネット

 それは高校内の噂話と三角関係、トイレでのガン飛ばしから始まった。やがてある女生徒を「アイルランドの尻軽女」とからかう言葉がソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)のフェースブックに登場。学内に貼られたクラス写真の彼女の顔がいたずら書きされた。

 女生徒はカフェテリアで別の女子から、「他人の男に手を出すんじゃねぇ!」と怒鳴られた。その1週間後の帰宅途中、近づいた車から飲料水の缶を投げ付けられ、「売春婦!」という言葉を浴びせ掛けられた。

 子供がこんな悪さをしたら、どのような罰を与えるべきだろう。パソコンの使用禁止、放課後の居残り、停学という手もある。

 では、禁固10年の刑は? 女生徒は結局、帰宅後に階段で首をつり、妹によって発見された。

 この悲劇は今年1月、マサチューセッツ州サウスハドリーに住む当時15歳のフィービー・プリンスの身に起こったことだ。メディアは「いじめによる死」だと断じている。

 アメリカでは最近、いじめによる自殺が大きな問題になっている。9月にはテキサス州とカリフォルニア州で、それぞれ13歳の男の子がゲイ(同性愛者)であることを理由にいじめに遭い、自殺した。

 特に衝撃的だったのはニュージャージー州に住む18歳の大学生タイラー・クレメンティのニュースだ。やはり9月、同性とセックスする彼の姿をルームメイトと友人が隠し撮りしてネットで生中継。クレメンティはジョージ・ワシントン橋から投身自殺した。

 こうした事件から、学校の厳しいいじめ対策と州当局の法的措置を求める声が高まっている。しかし、「いじめによる死」は犯罪として成立するのだろうか。

いじめ対策が「産業」に

 同性愛者への偏見を感じさせるクレメンティのルームメイトによる行為は卑劣極まりない。だが、彼らは自分の行為が引き起こす結果を想像できなかったはずだ(2人はプライバシー侵害で最長禁固5年の刑となる可能性がある)。

 プリンスの場合、本人はいじめを受ける以前にも自殺を図ったことがあり、抗鬱剤を服用し、両親の別居に悩んでいた。この事実を知ると、事件に対する見方が変わるかもしれない。

 単なる「悪い行為」と犯罪の境界はどこにあるのか。今や全米で45州がいじめ防止法を導入済みだ。最も厳しい部類に入るマサチューセッツ州は、学校にいじめ対策プログラムの実施を義務付けている。それによって、学校でのいじめが最大50%も減らせるとされる。

 毎年5人に1人がいじめの被害に遭うことを思えば(ゲイの場合10人中9人)、これは朗報だ。いじめの被害者は鬱状態に陥る確率が通常の5倍もあり、いじめを恐れて毎日16万人近くが学校を欠席する。一方、男子中学生を対象にしたある追跡調査では、いじめの加害者とされたうちの60%が24歳までに少なくとも1つの犯罪で有罪を宣告されている。

 それでも、メディアが主張するようにいじめが「蔓延している」とは言えない。社会科学の研究者によれば、いじめは50年前と比較して深刻化していないし、広がってもいない。逆に新しいデータは学校でのいじめが過去10年で減少している可能性を示唆していると、著名ないじめ研究者のダン・オルウェーズは指摘する。

 もちろんネット時代の今は、いじめの状況が昔とは違う。影響は広範囲に及び、写真や映像が使えるので衝撃も大きく、トイレの落書きのように簡単には消せない。それでもいじめの件数自体は3分の1ほど減っていると、オルウェーズは言う。

 件数が増えていないなら、世間の見方が変わったのかもしれない。最近は子離れできない親が過保護になり、テレビのコメンテーターにあおられてネット上で「正義」を振りかざす人が増えた。

 サフォーク大学法学大学院(マサチューセッツ州)のデービッド・ヤマダ教授によれば、いじめ対策は今や「ちょっとした産業」だ。コメンテーターやいじめ防止の専門家、新世代の法学者が手ぐすねを引いて「敵」を待っている。

 いじめが深刻な問題ではないと言う気はない。しかし世間の「騒音」が真実をゆがませ、事件が犯罪なのか、もしくはただのひどい行為なのかを判断することは困難になっている。

 サウスハドリー高校でのプリンスの問題は昨年11月頃に始まった。アイルランドから移住してきた新入生のプリンスは最上級生の男子2人、オースティン・ルノーとアメリカンフットボールのスター選手ショーン・マルビーヒルと親しくなった。しかし、2人には既にガールフレンドがいた。

 起訴状では、その男子生徒2人とガールフレンド2人、それにアシュリー・ロンジとシャロン・ベラスケスという女生徒が「3カ月近く」プリンスを罵倒し、危害を加えると脅したとされる。

 一連の行為で最も悪質と思われるのは、「思いっ切りシメてやる」という脅迫、「売春婦」「アイルランドの尻軽女」という悪口を何度も浴びせたこと、自殺の当日に飲料水の缶を投げ付けて泣かせたことだ。午後に帰宅したプリンスは友人に「もう限界」というメールを送った。妹が遺体を発見したのは午後4時半だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

JPモルガン、欧州と中南米の銀行に注目=CEO

ワールド

シンガポール非石油輸出、9月は前年比+6.9% 予

ワールド

世界のエネルギー消費、50年以降も化石燃料が主流に

ワールド

「アンティファ」関与で初のテロ罪適用、テキサス州の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中