最新記事

米社会

いじめの加害者をどう罰するべきか

2010年11月16日(火)14時39分
ジェシカ・ベネット

いじめた側も人生が一変

 プリンスの死はサウスハドリーの町を恥辱と非難の渦に巻き込んだ。校長は内部調査を開始したが、その時点でいじめの加害者に出席停止などの処分は科さなかった。

 事件に同情した住民がボストン・グローブ紙に話を持ち込み、同紙は「意地悪な少女たち」が「開き直り、懲りもせずに」登校することを許した学校側を非難する記事を掲載した。「自殺に追い込んだ女子生徒を退学させろ」と訴えるフェースブックのグループは、瞬く間に多くの支持者を獲得した。

 学校側はメディアに対し、いじめを止められなかった経緯を説明し、自殺の前週まで問題を把握していなかったと弁解した。「今回のことは複雑な事情が絡んだ悲劇」だと、サウスハドリー高校のダン・スミス校長は本誌に語った。

 そこへ登場したのが地方検事のエリザベス・シーベル。最近まで全米地方検事協会のウェブサイトの人物紹介欄に、子供の頃に兄弟をいじめた相手をたたきのめしたという武勇伝を載せていた人物だ。

 3月、シーベルは重犯罪で訴追する生徒6人の名前を公表。彼らの「執拗な行動」は「(プリンスに)屈辱を与え、登校を不可能にすることを意図していた」と主張した。

 マサチューセッツ州法にはいじめを犯罪とする明文規定がないため、シーベルは2人の生徒をストーカー行為、2人を悪質な嫌がらせ行為、5人を肉体的損傷につながる人権侵害で訴追した。人権侵害は最長10年の禁固刑となる。

 また、プリンスと性行為をしたとされる男子生徒2人については、最長禁固3年が科される未成年強姦罪で訴追した。被告6人は全員無罪を主張している。

 法(とメディア)は世界を白か黒かで判断する傾向にあるが、このケースには当てはまらない。裁判資料によると、プリンスは鬱状態に悩み、自傷行為を繰り返し、精神安定剤を処方されていた。自殺を試みたことも1度ある。

 一方、いじめで訴追された生徒たちは学業優秀だったと、サウスハドリー市のガス・セイヤー教育長は言う。「学校が手を焼くような問題児ではない。ごく普通の子供たちだ。いい家庭で育ち、大学進学を目指していた。私たちはプリンスを失っただけでなく、あの子たちも失おうとしている」

 加害者の生徒は全員3月以降、法廷で決着がつくまで出席停止になっている。裁判は来年初めに始まる見込みだ。

 プリンスの父親は、生徒たちが罪を認めて謝罪すれば、情状酌量を求めると語った。だがたとえ無罪になったとしても、彼らの人生が大きく変わってしまったことは確かだ。昨年、彼らは1人も卒業できなかった。マルビーヒルはアメフトの奨学金を失った。

 シャロン・ベラスケスの母親エンジェルス・シャノンによれば、娘は高校卒業資格検定試験(GED)の勉強をしているが、学校に戻れないことで打ちひしがれている。サウスハドリーに公立高校は1校しかなく、マサチューセッツ州の公立校は重犯罪で訴追された生徒の入学を認めない。母親のシャノン自身も学生であるため、私立校に通わせる経済的余裕もない。

法の裁きは最悪の解決策

 一方でシャロンは、プリンスの死という悲劇に苦しみ続けている。彼女は恐怖のあまり1人で家から出られない。家族の元には死の脅迫やいたずら電話があり、家に石が投げられたり、「お前の娘こそ強姦され、殺されるべきだ」といった内容の匿名の手紙が何通も玄関のドアに挟まれていたりする。

「この苦しみは言葉では表現できない」と、弁護士同席で本誌の取材に応じた母親のシャノンは言った。「顔にカメラを向けられ、手紙を送り付けられる。帰宅すると人々が駐車場で待ち構えている」

 皮肉なのは、この状況がプリンスの経験した苦しみと似ていることだ。彼女をいじめた子供たちは確かにいじめの加害者だが、世間の大人たちはどうなのか。マサチューセッツ州のいじめ防止法では、いじめとは学校で「心に傷を与え」あるいは「悪意に満ちた環境をつくり出す」行為を繰り返すことと定義されている。

 この定義を現実の社会に適用すれば、加害者を非難する大人たちもいじめの加害者ではないのか。いじめ防止法を拡大解釈していくと、最終的には職場や家庭で繰り広げられる日常的な行動が犯罪とされる可能性がある。

「この種の問題の大半は防げない。子供には『人間はひどいことを言うものだ』と教えるしかないとも言える」と、ニューヨークの元検事サム・ゴールドバーグは言う。

 いじめ問題の専門家と法学者の大半は、訴追はおそらく最悪の解決策だと口をそろえる。長期にわたる調査によれば、法律は周囲の状況に感情的に反応する子供たちの行動を抑制できない。騒々しい若者の集団に「犯罪者」のレッテルを貼ることは、本人たちの社会復帰を困難にするだけだ。

 橋から投身自殺したクレメンティのケースのように、犯罪として扱うべき悪質な事例もある。だが多くの子供は「間違いを犯しただけ」だと、フロリダ・アトランティック大学の犯罪学者サミール・ヒンドゥジャは言う。「大抵の場合、子供たちはとても後悔している。彼らにはもう一度チャンスを与えるべきだと思う」

[2010年10月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正-4月米フィラデルフィア連銀業況指数、15.5

ビジネス

全国コアCPI、3月は+2.6% 生鮮除く食料の伸

ビジネス

米アトランタ連銀総裁、インフレ進展停滞なら利上げに

ワールド

パレスチナ国連加盟、安保理で否決 米が拒否権行使
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中