最新記事

科学後退国ニッポン

千人計画で「流出」する日本人研究者、彼らはなぜ中国へ行くのか

BRAIN DRAIN TO BRAIN GAIN

2020年10月14日(水)07時00分
澤田知洋(本誌記者)

Carlos Garcia Rawlins-REUTERS

<世界中から優秀な頭脳を招致する中国の国家プロジェクトが話題だが、既に日本の研究者の100人に1人が米中で活動している。この流れを変えるにはどうすべきか。本誌「科学後退国ニッポン」特集より>

古くは電機メーカーの技術者から近年はスポーツ選手やアニメ制作者まで、有能な人材の海外流出は形を変えながら繰り返しメディアをにぎわせてきた。

その最新事例が中国政府の推進する「千人計画」。世界中から優秀な頭脳を招致するという野心的な国家プロジェクトによって多くの日本人研究者が中国に奪われ、研究成果が軍事転用されるのではないかとの懸念が取り沙汰されている。
20201020issue_cover200.jpg
確かに、行き過ぎた頭脳流出は国家にとって大きな損失となり得る。国は研究資金などの形で研究者に「投資」をするが、人材が流出すれば研究成果や後進の育成といった形での「見返り」が見込めなくなる。

一方で、研究者がどの国で活動しようと基本的には個人の自由だ。外国を拠点にしながら日本との共同研究の橋渡しをしたり、将来的に帰国して日本にポジティブな影響をもたらす可能性も十分にある。

中国に渡った日本人研究者が直接的に軍事研究に携わっている証拠もない。しかも、中国による高度人材の引き抜きが日本の国力衰退につながるとの不安ばかりが叫ばれるが、数の上で引き抜きが圧倒的に多いのはむしろアメリカだ。

外務省の海外在留邦人調査では、2016年時点でアメリカに長期滞在中の「留学生・研究者・教師」とその同居家族は7万4000人余り。日本生まれでアメリカ在住の理工学系の博士号保持者約8800人(全米科学財団の15年調査)の多くも、この数に含まれるとみられる。

これに対し、同じ外務省調査で中国に長期滞在中の同カテゴリーの人数はわずか8800人ほど。日本学生支援機構の統計では、17年度に中国に滞在していた日本人留学生は短期も含めて約7100人だ。08年以来1000人以上の科学者が「千人計画」などで日本から中国にリクルートされたというオーストラリア戦略政策研究所の分析を加味しても、「流出組」を含む日本人研究者の数は中国よりアメリカのほうが桁違いに多いとみるのが自然だろう。

いずれにせよ、より重要な論点は米中だけで約1万人は日本人研究者が活動していることだ。少なく見積もっても日本人研究者の約100人に1人。彼らはなぜ日本を出るのか。

国家間の人の移動には、移住国に引き寄せられた理由(プル要因)と、母国から押し出しされた理由(プッシュ要因)の両面がある。米中に共通するプル要因としてまず挙げられるのは、高度な研究・教育環境だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

香港高層住宅群で大規模火災、44人死亡 過失致死容

ビジネス

米ホワイトハウス付近で銃撃、トランプ氏は不在 容疑

ビジネス

中国は競争相手にシフト、欧州は内需拡大重視すべき=

ビジネス

米経済活動、ほぼ変化なし 雇用減速・物価は緩やかに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中