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科学後退国ニッポン

千人計画で「流出」する日本人研究者、彼らはなぜ中国へ行くのか

BRAIN DRAIN TO BRAIN GAIN

2020年10月14日(水)07時00分
澤田知洋(本誌記者)

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ILLUSTRAION BY CEMILE BINGOL/ISTOCK

アメリカの総合力に勝つには

「どこの大学かにかかわらず、博士課程の修了者は問題解決のエキスパートと見なされる。だから専門領域だけでなく、コンサルティング企業などに就職する人も多い」

ハーバード大学医学部の研究所で研究員を務める嶋田健一は、アメリカ社会での博士号の価値の大きさをそう説く。

薬学を専門とする嶋田は、東京大学を経てコロンビア大学で博士号を取得した。渡米した一因は当時日本で学べなかった最先端の情報生物学に引かれたことだが、博士課程の学生に給料が支払われることも含め、アメリカの高等教育に日本の「徒弟制度的」な大学制度にはない魅力も感じたという。

将来は企業か大学で研究を続けるつもりだが、当面は帰国する気はない。

「同じ研究をしてもアメリカのほうが国際的発信力が大きく、キャリアのつぶしが利く」

一方、日本国内の大学での助教を経て中国の大学に生物学の教授として赴任した40代の日本人男性も、恵まれた研究環境を理由に挙げる。

トップレベルの人材を破格の待遇で招致するという千人計画のイメージもあり、中国の研究者ポストには高給の印象が付いて回るが、報酬自体の相場はそれほどでもないと、この教授は言う。

研究チームを率いる新任の教授の「平均的な年収は600万円程度で、日本のほうが高い」。将来的には年金制度がより安定しており、人脈もあって共同研究がしやすい日本に戻るつもりだ。

それでも、15人の研究室を率いて豊富な研究資金で自由に研究ができる点は日本にはない魅力だ。研究室の開設費として約1500万円が大学から拠出されたほか、大学、国、地方自治体などの研究費提供プログラムも多く、日本のように資金確保が過大な負担となることもない。

任期も長く、10年契約を結んでいる。「日本では若いうちに自分のラボを持てる機会はなかなかない」と、この教授は言う。

もっとも、頭脳流出の背景には、こうしたプル要因以上に日本国内の就職難というプッシュ要因があるのかもしれない。博士号取得者の就職難が深刻化した世代に当たるこの教授も、国内で必死に就職活動をしたが希望のポストを得られなかったため、自ら応募して中国に渡った。

早稲田大学の村上由紀子教授(労働経済学)がアメリカで実施した調査でも、在米の日本人研究者の4割が移住の動機として、日本で希望する条件を満たす仕事がないことを挙げたという。

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