最新記事

映画

水俣病を象徴する「あの写真」を撮った写真家の物語『MINAMATA─ミナマタ─』

An Unending Fight

2021年9月30日(木)21時33分
大橋希(本紙記者)

だが、今年2月に予定されていたアメリカ公開は延期されている。理由はおそらくデップの私生活にある。

デップは元妻アンバー・ハードと離婚関連の裁判を続けており、昨年11月には「DV夫」と報じた英タブロイド紙との名誉毀損裁判で敗訴。そのせいでハリウッドからボイコットされ、米公開ができていない、と彼は8月に英サンデー・タイムズ紙のインタビューで示唆している。監督・脚本のアンドリュー・レビタスも配給会社MGMに対し、「出演俳優の私生活を理由に映画は葬り去られた」と抗議の手紙を送ったという。

世界を揺さぶった1枚

一方、日本では映画公開を機に、長らく絶版だった写真集『MINAMATA』が新たに出版された。ミケランジェロのピエタ像を思わせ、水俣病の被害を象徴する『入浴する智子と母』も収められている。世界を揺さぶった1枚だが、98年以降は遺族の意向を受けアイリーンが公開を止めていたものだ。

この写真の撮影風景は映画のハイライト。実物の写真も登場する。アイリーンが「作品のメッセージをきちんと伝えるにはあの写真が必要だと判断し、短く画像を挿入することを認めた」ためだ。

伝記映画ではどこまで事実なのかがしばしば話題になるが、本作にも脚色があることを付け加えておく。ユージンらがチッソの付属病院に忍び込む場面や、チッソの社長がユージンに取引を持ち掛ける場面には驚愕するが、実はどちらもフィクション。時系列にも史実と違うところがある。

しかし、「実際と異なる点はたくさんあるが、一番大切なのはあの出来事から目をそらさないことだと思う。今も続く問題だと映画を見た人たちが感じ、何かが変わるきっかけになってくれたら」と、アイリーンは言う。

水俣病が公式に確認されたのは56年だが、政府が原因を特定した68年まで水銀の流出は続いた。患者家族がチッソを相手に起こし全面勝訴した第1次訴訟が69~73年(映画で描かれたもの)、水俣病被害者救済法(特措法)が成立したのは2009年のことだ。

多くの日本人にとって水俣病は教科書で習った、過去の出来事のように思えるかもしれない。だが実際には、救済を求める複数の裁判が今も闘われている。そのことは映画の最後でも改めて気付かされる。ミナマタはまだ終わっていない、と。

『MINAMATA─ミナマタ─』
監督╱アンドリュー・レビタス
主演╱ジョニー・デップ、美波
日本公開中

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、日本の核兵器への野心「徹底抑止」すべき=K

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

アングル:トランプ政権で職を去った元米政府職員、「

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中