最新記事

医療

医学部で人生初の解剖、人体が教科書通りでないことにほっとした気持ちになった

2020年11月18日(水)21時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

Nastasic-iStock.

<医者になるとは、どういうことなのか。医学生はどんな経験をし、何を思い、一人前の医者になっていくのか。医師・ノンフィクション作家として活躍する松永正訓氏が、千葉大学医学部で受けた解剖実習を振り返る>

小児外科医として医師の道を歩み、現在は開業医とノンフィクション作家という二足の草鞋を履く松永正訓氏。
donjiriibook20201118-cover.jpg
コロナ禍の今、改めて「医者という仕事は悪くない」との思いを強くしているという松永氏が、初のエッセイを書き下ろした。未来の医療を担ってくれるかもしれない若い人たちや、その保護者に、自身の経験をシェアし、参考にしてもらえたら――。

『どんじり医』(CCCメディアハウス)は、笑いあり、涙あり。一人の医師の青春譚だ。その一部を2回にわたって抜粋する。今回は第2回。千葉大学医学部で松永氏が受けた解剖実習の様子を活写している。

※抜粋第1回:平凡な文学青年だったが、頑張れば、ちゃんと医者になれた──「ヒドイ巨塔」で

◇ ◇ ◇

解剖実習の洗礼

医学専門課程1年目(分かりにくいので、3年生と書く)の最大のイベントは解剖実習である。解剖というと、みなさんは人のお腹を開けて内臓を見学しておしまいくらいに思っているかもしれないが、そうではない。人間の体の中にある、すべての筋肉・すべての血管・すべての神経を露わにしていくのである。実習はほぼ毎日、1年近く続く。学生は2人でペアを組み、上半身か下半身を担当する。つまり1人のご遺体に4人がつく。半年で体半分の実習が終わるので、次の半年は別のご遺体を使わせていただき、上半身と下半身を交代する。

医学生にとって避けては通れない道だ。実習を前にして緊張しない学生はいない。何しろリアルなご遺体にメスを入れるのだ。学生は実習に先立って『解剖学の実習と要点』(南江堂)という(昔の)電話帳のように分厚い実習書を買うように言われた。また、『分担 解剖学』(金原出版)という全3巻の解剖書も用意しておくように指示された。

ご遺体は腐敗から守るために、ホルマリンに漬かっている。そのため、学生は何カ月も実習を続けていくと、体中にホルマリンの臭いが染み込み取れなくなると噂されていた。

医学部は地上5階、地下1階のレンガ造りの重厚な建物だった。天井が異様に高く、階段などは石造りだった。玄関ホールは吹き抜けになっていて、ステンドグラスが窓にはめ込まれていた。時代物の柱時計が時を刻み、2階へ上がる階段の踊り場にはヒポクラテスの胸像が鎮座していた。かつては大学病院として使われていたという。当時は、東洋一の規模を誇ったらしい。

初めての解剖実習の日、ぼくたちは白衣を身につけ、『解剖学の実習と要点』を脇に抱えて、実習室のある地下1階への階段をのろのろと下りていった。足が重いとはこのことである。

ぼくはそのとき、渡辺淳一が書いた『白夜』(中央公論新社)という自伝的小説を思い出していた。渡辺淳一にとっても解剖実習はかなりのインパクトがあったらしく、かなりのスペースを割いている。その中に「食べ過ぎると、解剖のとき気味悪くて吐き出すらしいぞ」とみなにふれて歩く寮生がいたとの記述があった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止 働き手不

ワールド

米連邦最高裁、中立でないとの回答58%=ロイター/

ワールド

イスラエル・イラン攻撃応酬で原油高騰、身構える投資

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中