最新記事

家族

「ふつうじゃない」家族に生まれた僕は、いつしか「ふつう」を擬態するようになっていた

2020年11月5日(木)17時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

筆者は「ややこしい」家族の中で育った Kiwis/iStock.

<聴覚障害者の両親、宗教にハマる祖母、元ヤクザの祖父......。故郷を捨てるように東京に出た著者が、ややこしい家族との関係をあらためて見つめ直す>

家族とのコミュニケーションがぎくしゃくしている家庭はめずらしくない。血縁といえども性格や考え方が合わないことはよくあるし、年月を経るにしたがい、それぞれが置かれている環境が変化して、関係が悪化してしまうケースもある。家族としてうまくやっていけたら――家族に対してはそれぞれが、心のどこかでそう期待している分、裏切られたときの失望やトラウマは大きくなる。

ライターの五十嵐大氏は聴覚障害者の両親、元ヤクザの祖父、ある宗教を熱心に信仰する祖母の家族で育った。一家はおのずと好奇の目にさらされることが多く、小学生になる頃には、自分の家は「ふつうではない」と自覚するようになった。五十嵐氏は「ふつう」を擬態して日常をサバイブすることを覚え、それに伴い、祖父母や両親との関係は違和感があるものとなっていった。

そんな、ややこしさを抱えた家族との関係を見つめ直した数日間を描いたのが、『しくじり家族』(五十嵐大 著、CCCメディアハウス)。かなり特殊に見える家族の事情からは、大なり小なり実はどこにでもある、「しくじった」家族関係を再構築するヒントが見えてくる。『しくじり家族』の一部を2回にわたって抜粋する。

<『しくじり家族』抜粋第2回:「おじいちゃん、明日までもたない」手話で伝える僕の指先を母はじっと見つめていた

◇ ◇ ◇

■Prologue ぼくの家族

祖父の喪服

生まれて初めて参列した葬儀は、祖父のそれだった。しかも、ぼくが喪主を務めなければならない。突然のことで準備が間に合わなかったぼくは、祖父の簞笥(たんす)に仕舞われていた彼の喪服を借りることにした。

祖父は大酒飲みででっぷりしたビール腹をしていたため、ズボンのウエストがぼくには合わない。ベルトをギュッと締めても、ずり落ちてきそうになる。ジャケットの前立(まえた)てはダブル。袖を通して鏡の前に立ってみると、ぶかぶかの制服を身にまとった新入生のような男がひとり映っていた。

まったく哀しくなんてなかった。近しい人を亡くしたときにどうやって涙を流せばいいのか。その方法がわからなかった。

* * *

二〇一〇年の夏のことだった。
東京は吉祥寺にある小さな印刷会社で働いていたぼくの元に、一本の知らせが届いた。

いつまでも震え続ける携帯電話のディスプレイには「佐知子」と表示されていた。伯母――母の一番目の姉――の名前だ。ややこしい家族や親戚のなかで、彼女は比較的ぼくと馬が合う。〝電話をかけること″ができない両親に代わって、時折、ぼくに電話をくれることがあった。

そのときは仕事中だったので応対することができず、無視をした。
再び携帯電話が震えだす。

なにかあったのだろうか。胸の内が少しだけ騒がしくなる。友人からの連絡であればそのままスルーできるものの、このときばかりはそうもいかなかった。ぼくはこっそり電話に出てみた。

「急にごめんね。あのね、おじいちゃん、危篤なの」

こちらを動揺させまいとするように、電話の向こうで、佐知子がゆっくり話すのがわかった。しばし沈黙した後、ぼくはため息交じりで呟いた。

「そうなんだ」

「どうしてそんなことに」と慌てるほど心の準備ができていなかったわけでもないし、言葉を失って泣き出すほど祖父に思い入れがあるわけでもなかった。祖父が亡くなるかもしれないという事実を、ただそのまま受け止めた。だから、「そうなんだ」としか言えなかったのだ。むしろ、どうしてぼくに連絡してくるのだろう、とさえ感じていた。

「で、どうすればいいの」

思いがけず漏れてしまった冷たい言葉に、我ながら驚く。
そんなぼくをたしなめながら、佐知子は続けた。

「決まってるでしょう。今日中に、できればいますぐこっちに帰ってきなさい」

抱えていた仕事を簡単に引き継ぎ、会社からそのまま東京駅へ向かい、東北新幹線に乗り込む頃には日が暮れていた。

平日だったこともあり、車内はそこまで混雑していない。指定席のシートに腰を下ろすと、アナウンスとともに新幹線が動き出した。

夕方の車内には出張帰りらしき会社員や、親子連れなどがまばらに座っており、どこからともなくお弁当の匂いが漂ってきた。

食事するならいまがチャンスだなと思ったけれど、なんだか食欲が湧かない。ホームの売店で適当に買った缶チューハイを流し込みながら、窓の外に目をやる。

猛スピードで流れていく風景は、確実に一日の終わりへと向かっていた。
でも、ぼくの一日はまだまだ終わらない。

ひどく憂鬱な気分になった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、代替関税率を10%から15%に引

ビジネス

エヌビディアやソフト大手の決算、AI相場の次の試金

ワールド

焦点:「氷雪経済」の成功例追え、中国がサービス投資

ワールド

焦点:米中間選挙へ、民主党がキリスト教保守層にもア
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 2
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面を突き破って侵入する力の正体が明らかに
  • 3
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 4
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 5
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 6
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 7
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 8
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 9
    「高市トレード」に「トランプ関税」......相場が荒…
  • 10
    ウクライナ戦争が180度変えた「軍事戦略」の在り方..…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 5
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 6
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 7
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 10
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中