最新記事

日本

不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった──複雑な感情を整理していく5日間

2020年4月1日(水)15時10分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

写真はイメージです dragana991-iStock.

<分かり合えなくても、憎みきることはできない。どこにでもいるそんな肉親の人生を終(しま)う意味を問う、エッセイスト/翻訳家、村井理子氏の物語(前編)>

親兄弟などの肉親との関係は時に難しい。

分かり合えなくても、こじれても、嫌いになりきれない。かつてのいい思い出が、今の不仲に対する罪悪感を駆り立てる。どんなに迷惑をかけられても、完全に見離すことができない。他人とは違うから。

こうしたジレンマを抱えている人は意外と多い。

エッセイストとしても活躍する翻訳家の村井理子氏は、長年、不仲だった兄を亡くした。突然の病死だった。両親は既に鬼籍に入っている。

7年前に離婚していた兄にとっては、村井氏がいちばん近い血縁者ということになる。当然ながら、弔い、役所での手続き、住処の始末など、数多の作業とそれらにまつわる物理的・金銭的な負担が村井氏にのしかかることとなった。

いつかこんな日が来るのは分かっていた。しかし、実際にその日がやってきたとき、こじれた肉親との関係をどのように終えばよいのか。

近刊の書き下ろしエッセイ『兄の終い』(CCCメディアハウス)には、村井氏と兄の元妻が協力し合って兄を弔い、その身辺を片付けていく5日間の奮闘が描かれる。怒り、泣き、ときには少し笑ったりしながら、ずっと抱き続けてきた複雑な感情を整理していく。

ここでは2回に分けて、その冒頭を抜粋し掲載する。

◇ ◇ ◇

プロローグ 二〇一九年十月三十日水曜日

「夜分遅く大変申しわけありませんが、村井さんの携帯電話でしょうか?」と、まったく覚えのない、若い男性の声が聞こえてきた。戸惑いながらそうだと答えると、声の主は軽く咳払いをして呼吸を整え、ゆっくりと、そして静かに、「わたくし、宮城県警塩釜警察署刑事第一課の山下と申します。実は、お兄様のご遺体が本日午後、多賀城市内にて発見されました。今から少しお話をさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」と言った。

仕事を終え、そろそろ寝ようと考えていたところだった。

滅多に鳴らないiPhoneが鳴り、着信を知らせていた。滅多に鳴らないうえに、そのときすでに二十三時を回っていて、着信番号は〇二二からはじまるものだった。

〇二二? まったく覚えがない。こんな時間に連絡があるなんてよっぽどの用事だろう。わかってはいたものの、部屋を見回し、家族全員がいることを確認して、少し安心した。自分にとって、最悪なことは起きていない。

iPhoneが鳴ったことに気づいた夫がテレビのスイッチを切った。ただならぬ様子を察知した息子たちが、iPadから顔を上げてこちらをじっと見た。ペットの犬も息子たちにつられて首を持ち上げ、鼻を動かした。

「今日、ですか?」

「本日、十七時にご自宅で遺体となって発見されました。死亡推定時刻は十六時頃、第一発見者は同居していた小学生の息子さんです」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

対イラン国連制裁、月内に復活の公算=仏大統領

ビジネス

マイクロソフト、ウィスコンシン州に2つ目のAIデー

ワールド

米年末商戦、増収率は3.6%に鈍化へ=マスターカー

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、最高値更新 足元は4万5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中