最新記事

家族

「ふつうじゃない」家族に生まれた僕は、いつしか「ふつう」を擬態するようになっていた

2020年11月5日(木)17時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

〝ふつうではない〞家族

ぼくは東北にある小さな港町で、少し〝ややこしい〞家族に囲まれて育った。
両親はふたりとも耳が聴こえない聴覚障害者、祖母はある宗教の熱心な信者、祖父は元ヤクザの暴れん坊、加えて、母のふたりの姉である伯母たちもそれぞれに強烈な癖を持つ人たちだった。

幼い頃のぼくにとって、その環境が〝ふつう〞だった。
それが〝ふつうではない〞ことに気づくのに、時間はかからなかった。

これは田舎によくあることだと思うけれど、ぼくの住んでいた街では、隣近所の家庭環境が筒抜けになっていた。噂はあっという間に知れ渡っていく。

必然的に、ぼくの家族が抱えている問題も、知らない家庭の話のネタにされてしまうのだ。

両親が障害者で、祖母は宗教にハマっていて、祖父は元ヤクザ。

どれひとつとっても、センセーショナルなドラマや映画の設定に使えそうだ。それがフルで揃っている家庭は、さぞかし面白いものだっただろう。

そんな家庭で育ったぼくに向けられるのは、いつだって「可哀想な子ども」というまなざしだった。

道を歩けば、近所の大人たちから声をかけられることも珍しくない。

「頑張っていて、偉いね。大変じゃない?」
「あなたも宗教やってるの?」
「昨日、騒がしかったけど、おじいちゃん大丈夫?」

いまとなっては考えられないけれど、当時はそのように他人の家庭に踏み込んだ発言をする大人たちがたくさんいた。そのたび、ぼくは「大丈夫です」と笑って誤魔化す。でも、全然大丈夫じゃなかった。

ぼくを取り囲むのは、家庭内でなにが起きているのか興味津々な人たちばかり。それでいて、誰もぼくを心配なんてしていない。まるでワイドショーでも見るような視線を向けられるたびに、ぼくは自分の置かれている環境が〝ふつうではない〞と思い知らされていった。

放っておいてほしいと何度も願うのに、その願いはどこにも届かない。

家庭内という狭い世界から一歩外に出て、学校という社会との接点を持つ頃には、〝ふつうではない〞が〝おかしい〞に変化していた。

ぼくの家族はおかしい。
だから、そんな環境で育ったぼくも、みんなと違っておかしいんだ。

そして、いつしかぼくは〝ふつう〞を擬態するようになっていた。家族のことを話さなければ、家族のことを知られなければ、ぼくもみんなと同じでいられると思い込んでいたのだ。

けれど、やはり田舎は狭い。
どこに行ったって、居場所は見つからなかった。

その結果、ぼくは二十歳(はたち)を過ぎた頃、家族を捨てるようにして故郷を飛び出した。

東京ならば、誰もぼくのことを知らない。
そこに行けば、人生をやり直せる。
一から〝ふつう〞の人生を歩める。

そんな希望だけをチケット代わりに、ぼくは過去を消去し、自分の人生を上書きするように生きた。唯一、障害のある両親のことだけは気がかりだったけれど、当時は、ぼくはぼくでなんとかやるから、あなたたちもどうにか元気で生きてね、という無責任な気持ちしかなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

再送(11日配信記事)豪カンタス、LCCのジェット

ビジネス

豪当局、証取ASXへの調査拡大 安定運営に懸念
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中