アステイオン

建築

モンゴルの住まいと都市──遊牧文化に根ざした定住の姿

2025年08月20日(水)11時02分
八尾 廣(東京工芸大学工学部建築学系教授)
ウランバートル北西部14地区の丘から見た中心市街地

(写真1)ウランバートル北西部14地区の丘より中心市街地を俯瞰する(2018年8月撮影)


<現代のモンゴル都市部に見られるモンゴルらしい定住の住まいについて──『アステイオン』102号より転載>


モンゴルの住まいと都市について研究を始めて13年が経過した。きっかけは、モンゴル人留学生のガンゾリグ(Ganzorig Luvsanjamts)氏が見せてくれた1枚の写真であった。その写真には、広大な草原に点在するはずのゲル(遊牧民の天幕住居)が、丘の斜面に密集し建ち並ぶ光景が収められていた。

「モンゴル都市部で一体何が起きているのか?」2011年、帰国したガンゾリグ氏を追いウランバートルへ赴き、彼の親戚が住むゲル地区(Ger Khoroolol)を訪れた。

モンゴルらしいなだらかな丘の起伏が一面、数多くのゲルやバイシン(baishin:固定家屋)で埋め尽くされている光景に圧倒されつつ、なぜこのような都市が出現したのかに興味を持ち、研究を始めた(写真1)。

1992年に計画経済から市場経済に移行したモンゴル国では、近年の豊富な地下資源輸出による経済成長に伴い、全人口の49%(2023年時点、モンゴル国家統計局)を超える首都ウランバートルへの一極集中が生じている。

社会主義時代、アパートに入居できなかった人々の一時的な居住地として、市の中心部外縁に形成が開始されたゲル地区は、市場経済化以降、土地所有制度の変化を背景に、都市計画の枠外となった北方、西方の谷筋に拡大を続けた。

冬季において暖房として使われている石炭ストーブからの煤煙による大気汚染や衛生・ゴミ処理インフラ未整備による土壌汚染は深刻な都市問題となっている(写真2)。

石炭ストーブからの煤煙による大気汚染が深刻なウランバートル・チンゲルテイ区の街路

(写真2)ウランバートル・チンゲルテイ区の街路状況。石炭ストーブからの煤煙による大気汚染のため視界が100メートル以下となる日もある(2013年12月撮影)

ゲル地区は一見、無秩序に拡大した居住地に見えるが、モンゴルのほぼすべての地方都市に存在し、人口の受け皿として機能している。社会主義時代に、地方を含む各都市の中心部は都市計画に基づいて形成されたが、その後の人口増加に伴い、その周囲にゲル地区が広がっていったと考えられる。

つまり、ゲル地区は近現代モンゴルにおいて定着した、都市部と草原の中間に位置する下町のような宅地なのである。首都ではその規模が極端に拡大してしまったため、都市問題となっている。

この約13年間、毎年のようにゲル地区を訪ねては実測調査と住まいに関するヒアリング調査を行い、ウランバートル全域にわたる60件の住まいを丁寧に見てきた。

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