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建築

モンゴルの住まいと都市──遊牧文化に根ざした定住の姿

2025年08月20日(水)11時02分
八尾 廣(東京工芸大学工学部建築学系教授)

ゲル地区で住居建設中の住民へのヒアリングの様子

(写真3) ゲル地区で住居建設中の住民へのヒアリングの様子(2019年8月撮影)


ゲルは定住生活には向いていないので、多くの人は住まいづくりの経験を持つ親戚や友人に方法を聞いて、工夫し協力しながらバイシンを建設しており、自力建設の割合は74%に達していた。零下30度以下になるモンゴルの厳冬に耐えられるよう、バイシンは素人仕事とは思えないほどしっかりと造られている(写真3)。

遊牧民が自らの家(ゲル)を建て、生活に必要な木柵や小屋を設え、工夫し住まうのと全く変わらぬ感覚がそこにはある。バイシンの間取りにも、実はゲルとの共通点を多く見出すことができる(写真4)。

ゲル地区におけるゲルとバイシン(固定家屋)の類似性を示すダイアグラム

(写真4)ゲル地区におけるゲルとバイシン(固定家屋)の類似性を示すダイアグラム


また、都市の定住生活においてゲルは、子息家族の家、夏の寝室、作業場、祈りの場、賃貸の住まいなど、定住を補完する便利なツールとして用いられ、その役割が変容している。遊牧用のゲルを併用するゲル地区における「定住」には遊牧文化の影響が色濃く見られ、一般的な都市生活とは異なる側面をもつ。

大地を尊重するが故に加工には執着せず、しかしその場に応じて自立的に住まう姿は、ネットワーク機器のおかげでどこでも暮らすことのできる現代の住まいについて考えるヒントも与えてくれる。

2019年より、近現代モンゴルにおけるもう一つの定住の形態である社会主義時代のアパートについても調査を進めている。

社会主義時代に建設されたウランバートルのアパート

(写真5)ウランバートルでは、古くは1930年代から1980年代までの社会主義時代に建設されたアパートが今もなお現役で使われており、都市景観の主要な要素の一つとなっている。写真は1960年代の建物


これらのアパートは主としてソビエト連邦の技術者により設計されたもので、現在も現役で使われており、ウランバートルの都市景観の一部をなしている(写真5)。

調べてみると案の定、長らく住まう間にモンゴルの人々は家族共有の場所を繋げるように間取りを変え、あるいは扉を取り払うなどして自らの感覚に合うよう変容させていることがわかってきた(写真6)。

1980年代に建設されたモンゴルのアパートの内部

(写真6)1980年代に建設されたアパート住戸の内部写真。モンゴル人の生活感覚に合うよう、扉や壁を取り払い家族共用部を繋げて使う事例が多い(2019年8月撮影)

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