ゲルは定住生活には向いていないので、多くの人は住まいづくりの経験を持つ親戚や友人に方法を聞いて、工夫し協力しながらバイシンを建設しており、自力建設の割合は74%に達していた。零下30度以下になるモンゴルの厳冬に耐えられるよう、バイシンは素人仕事とは思えないほどしっかりと造られている(写真3)。
遊牧民が自らの家(ゲル)を建て、生活に必要な木柵や小屋を設え、工夫し住まうのと全く変わらぬ感覚がそこにはある。バイシンの間取りにも、実はゲルとの共通点を多く見出すことができる(写真4)。
また、都市の定住生活においてゲルは、子息家族の家、夏の寝室、作業場、祈りの場、賃貸の住まいなど、定住を補完する便利なツールとして用いられ、その役割が変容している。遊牧用のゲルを併用するゲル地区における「定住」には遊牧文化の影響が色濃く見られ、一般的な都市生活とは異なる側面をもつ。
大地を尊重するが故に加工には執着せず、しかしその場に応じて自立的に住まう姿は、ネットワーク機器のおかげでどこでも暮らすことのできる現代の住まいについて考えるヒントも与えてくれる。
2019年より、近現代モンゴルにおけるもう一つの定住の形態である社会主義時代のアパートについても調査を進めている。
これらのアパートは主としてソビエト連邦の技術者により設計されたもので、現在も現役で使われており、ウランバートルの都市景観の一部をなしている(写真5)。
調べてみると案の定、長らく住まう間にモンゴルの人々は家族共有の場所を繋げるように間取りを変え、あるいは扉を取り払うなどして自らの感覚に合うよう変容させていることがわかってきた(写真6)。