2014年4月1日、理化学研究所の野依良治理事長(当時)が「理研の研究者が科学社会の信頼性を損なう事態を引き起こした」と謝罪した。REUTERS/Yuya Shino
科学ジャーナリズムとは何だろうか。私はかつて科学記者を志して新聞社に入社したが、当時抱いていたのは次のようなごくシンプルなイメージだった。
1つは、最新の研究成果や科学の潮流をかみ砕いて一般読者に伝えること、もう1つは、科学・技術が絡む重大事件──以下、学生時代に読んだ新書(柴田鉄治『科学事件』岩波書店、2000年刊)に倣って「科学事件」と呼ぶ──を一定の専門性をもって取材し、報じることだ。
新聞やウェブメディア、書籍など複数のメディアで20年近く科学報道に携わってきた今では、少し違うとらえ方をしている。
まず、前者は科学ジャーナリズムというより、科学コミュニケーションという方が正しい。最先端の科学や技術について一般の人にわかりやすく伝えることは、もちろん科学記者の基本的かつ重要な仕事だ。私自身、科学の興味深い研究成果や科学の営みそのものの魅力を伝えたいと常々思っているし、自分の仕事の中でも重きを置いている。
しかし、科学ジャーナリストの役割はそれだけではない。また、後者の科学事件の報道については、ある程度の専門知識は必要だが、質の高い取材や報道をするためには、それ以上に大事な要素があることがわかってきた。
仕事を通して培われた現在の認識と当初のイメージとのギャップにこそ、私の考える科学ジャーナリズムの本質が潜んでいるように思う。これまでに取材に携わった3つの事例を振り返りつつ、その抽出を試みてみたい。
STAP細胞事件は、国内で起きた研究不正の中で最も社会の耳目を集めた事件だ。当時、毎日新聞科学環境部の記者だった私は、論文発表時の華々しい記者会見から一転、多くの疑惑が浮上し、研究成果が虚構だったことが判明するまでの一部始終を同僚とともに取材した。
STAP細胞とは、マウスの細胞を弱酸性溶液で刺激するだけでできる「万能細胞」で、体を構成するさまざまな種類の細胞に変化させることができる。
論文は2014年1月末に英科学誌ネイチャーに掲載され、iPS細胞を超える可能性があるとも喧伝された。共著者には笹井芳樹氏、若山照彦氏、丹羽仁史氏ら幹細胞研究の権威が名を連ねており、世界的にも注目された。