コラム

米中貿易戦争で迷走の習近平に「危機管理できない」疑惑

2019年10月03日(木)09時48分

建国70周年記念式典を前国家主席の胡錦濤(左)の隣で見る習近平。心ここにあらず? Jason Lee-REUTERS

<建国70周年の記念すべき日に「香港の乱」を許した習近平。米中貿易戦争の交渉過程を丹念に分析することで見えた最高指導者の「無定見」とは>

10月1日の中国建国70周年記念日。習近平政権は首都・北京で史上最大規模の記念式典と軍事パレードを盛大かつ華やかに執り行い、国を挙げてのお祝いムードの演出に全力を挙げた。

しかしその一方、北京から遠く離れた中国の一部であるはずの香港で、民衆はまたもや大規模な抗議デモを起こした。その中で、抗議者である18歳の高校生が警察に実弾を打たれて重傷を負うショッキングな事件も起きた。

北京で政権のメンツをかけた盛大な記念式典が行われるその最中、同じ中国で反政府デモが行われ大騒乱となる――共産党独裁政権の下ではまさに前代未聞の異常事態、建国70年の大珍事。習政権のメンツは丸つぶれになった。

こうなったのは結局、6月に香港で抗議運動が発生して以来、習主席の率いる中央政府が事態の沈静化を一向に実現できなかったからだ。前回の本コラムが指摘したように、習政権の無定見と無策が結果的に香港の混乱の長期化と拡大化を招いた。そして習政権はとうとう、10月1日という大事な日に「香港の乱」を許す大失態を演じた。

【参考記事】香港対応に見る習近平政権のだらしなさ

強力な独裁体制を固めたはずの習政権が案外、危機管理に弱いことが分かるが、実は習政権はこの致命的な弱点をアメリカとの貿易戦争においても余すところなく露呈した。

トランプ米政権が中国に対して本格的な貿易戦争を発動したのは2018年7月。その時、米政府は対中制裁関税の第1弾として、340億ドル分の中国製品に25%の追加関税をかけた。

中国経済がアメリカ経済に勝てない理由

中国はこのような事態にどう対処すべきなのか。

今の中国はアメリカとの貿易戦争に勝ち目は全くない。アメリカは毎年、中国からの5500億ドル分の製品を輸入しているから、理論的にアメリカは5500億ドル分の中国製品に制裁関税をかけることができる。その一方、中国は毎年、アメリカから1300億ドル分の商品しか輸入していない。中国はいくら頑張っても1300億ドル分の米国製品に対してしか制裁関税をかけることができない。つまりトランプ大統領は中国の「戦争」において、相手を制することができる数倍以上のカードを持っている。

中国がアメリカに勝てないもう1つの理由は、アメリカ経済が中国経済よりも貿易戦争に強い体質を持っていることだ。アメリカ経済は個人消費がGDPの70%にも達する内需依存型の経済で、貿易依存度はそれほど高くない。それに比べると、中国の個人消費の対GDP比はわずか37%。内需が決定的に不足していて、輸出に対する経済依存度が非常に高い。しかも中国の対外輸出の最大の相手国はまさにアメリカであるから、本来なら中国はどんなことがあっても「一番の得意様」であるアメリカとの貿易戦争に付き合うべきではないのだ。

アメリカから仕掛けられた貿易戦争に対して、本来ならいっさい対抗せず、じっと耐えるのが最も賢明な対策である。2018年7月にトランプ政権が対中制裁関税の第1弾を発動した時、中国側が一切報復せず逆に自由貿易の重要さを訴え、アメリカとの対話を呼びかけていれば、おそらくトランプ政権は第2弾の制裁関税を発動できなかったはずだ。貿易戦争はその時点で止まり、それ以上の拡大はなかったのかもしれない。中国のことわざに「以柔克剛(柔を以て剛に克つ)」とある。指導者が冷静かつ賢明なら、このように柔軟な対策を取るのが一番良かった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英HSBC、ネルソン暫定会長が正式に会長就任 異例

ワールド

ハマスが2日に引き渡した遺体、人質のものではない=

ワールド

トランプ氏が台湾保証実施法案に署名、台湾が謝意 中

ワールド

中国新大使館建設、英国が判断再延期 中国「信頼損な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 6
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 7
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 8
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 9
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 10
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story