コラム

米中貿易戦争で迷走の習近平に「危機管理できない」疑惑

2019年10月03日(木)09時48分

しかし、幸か不幸か必ずしも賢明ではない習政権は「やられたらやり返す」方針をとってアメリカの制裁関税に対等の報復を行った。アメリカ側の第1弾の制裁関税と対等の形で340億ドル分の米国製品に対して同じく25%の制裁関税をかけた。この報復は当然、アメリカ側のさらなる行動を招くこととなった。2018年8月、トランプ政権は第2弾として新たに160億ドル分の中国製品に25%の制裁関税をかけた。そして案の定、習政権は同程度の対米報復関税を発動した。

すると9月、トランプ政権は第3弾としていきなり2000億ドル分の中国製品に対して10%の追加関税を発動した。第1弾・第2弾とは桁の違う史上最大級の制裁関税だった。

だが、そうなると習政権はもはや対等に報復することはできない。中国は2000億ドル分の米国製品を輸入していないからだ。「やられたらやり返す」という中国政府の場当たりの強硬姿勢はこれで完全に行き詰まってしまった。しかしよく考えてみれば、これは最初から分かっていたはずの足し算の問題である。習政権が第1弾発動の時点から貿易戦争に付き合ったのがそもそもの間違いだった。

アメリカ側に第3弾の大規模制裁関税をかけられると、中国経済への悪影響が甚大なので、さすがの習政権も当初の強硬姿勢から一転して協議による問題解決の方向へ傾いた。

あまりに不思議な習近平の対応

2018年12月にアルゼンチンで開かれたG20会議でトランプと習の米中首脳会談が実現したが、この会談で習が冒頭40分も話をして妥協の姿勢を示した結果、トランプは一定の譲歩をして、2019年1月1日に実施予定だった2000億ドル分の中国製品に対する制裁関税の引き上げを延期した。米中貿易協議が直ちに再開されることも両首脳間で合意された。

それから2019年5月下旬まで、米中はほぼ月1回のペースで貿易協議を継続してきたが、その中ではアメリカ側は知的財産権の保護や国内の非関税的障壁の撤回について、中国側に厳しい要求を突きつけて交渉を進めた。そして5月中旬の段階で、中国側はアメリカ側の要求の大半を飲み、協議内容の約80%までは合意ができていた。

しかし5月末、中国側は突如それまでアメリカ側と合意した内容を一度白紙に戻し、反故にした。それは習自身による決断であることが後になって判明したが、いかにも不思議だ。アメリカとの協議に当たっている中国側責任者の劉鶴副首相は習の側近の中の側近であることはよく知られている。彼が5月までの協議でアメリカ側に譲歩したこと、アメリカ側と合意したことは当然、上司の習に一々報告して承認を得ていたはずである。

つまり習は、それまでの長い協議の中で自ら承認したはずの合意内容を、ある日突然ひっくり返したわけである。なぜそんな唐突なことをしたのか、内幕はいまだに分からない。本人が考えを変えたのか、何らかの圧力に屈して当初の方針を変えたのかのどちらかだ。分かったのは、大きな問題への対処となると最高指導者の習がまったく無定見で腰が据わっていない、ということだ。

一方、中国側が協議内容を反故にしたことに激怒したトランプは直ちにいったん延期した関税の引き上げを断行。2000億ドル分の中国製品にかけていた10%の追加関税を25%にした。習政権の右往左往は結局、貿易戦争のさらなる拡大を招いたのだった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

デンソーの5カ年中計、ROE10%・成長投資と株主

ビジネス

2月住宅着工、前年比4.9%減、4カ月連続マイナス

ビジネス

中国3月製造業PMIは50.4、1年ぶり高水準 持

ビジネス

ドイツ企業、米中とデカップリングなら大きな経済的コ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引、インサイダー疑惑が市場に波紋
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 5
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 6
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 7
    初の女性カンタベリー大主教が就任...ウィリアム皇太…
  • 8
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 4
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 7
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 8
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 9
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 10
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story