コラム

訪中して「みんな中国」と爆弾発言...台湾人には迷惑でしかない前総統の孝と忠と夢とは

2023年04月15日(土)12時50分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
台湾の馬英九と蔡英文(風刺画)

©2023 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<中国大陸を訪問した台湾の馬英九前総統だが、もはや支持を失った彼らには、こんな行動くらいしかできることは残されていない>

台湾の馬英九(マー・インチウ)前総統が3月27日から4月7日にかけて中国大陸を訪れた。そして反中派から「中国共産党に買収されたのか」「気骨がない奴だ!」と非難された。

彼らは馬英九のことを誤解している。中国国家主席の習近平(シー・チンピン)が唱えた「中国夢(チャイナドリーム)」と同じく、国民党主席だった馬英九も「大陸光復」というもう一つのチャイナドリームを持っている。

先日ルーツの湖南省を訪れ、湖南大学で講演したとき、馬英九は台湾と大陸が「みんな中華民国、みんな中国」と突然発言して騒ぎになった。

馬英九は現総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)と本質的に違う。2人とも中華民国総統となったが、「中華民国」についての脳内地図は全く異なる。

蔡英文の中華民国は台湾だけを指し、馬英九の中華民国は1949年に国民党が台湾に敗走する前の中国だ。外省人(45年以降に中国大陸から台湾に移り住んだ人々)の馬英九は生まれてからずっと中国の伝統教育を受けており、根強い中国の価値観を持っている。

その第1は「孝」。つまり親や祖先に孝道を尽くすこと。大陸へ墓参りに行くためには、大きな非難を受けても共産党政権の機嫌を取ることを惜しまない。第2は「忠」だろう。いにしえには君主に忠義を尽くすこと、現代では党や国に忠誠を尽くすこと。

言うまでもなく、馬英九は国民党に忠義忠誠を誓う党員であるが、大陸から追い出され、台湾でも野党になった国民党は劣化し、力を弱め、「大陸光復」というチャイナドリームは実現不可能な夢になった。大陸の土地を踏んで、爆弾発言することだけが、70代の馬英九に唯一できることだ。

多くの定年退役した台湾軍幹部が共産党政権に買収されたのではないかと最近、問題になっている。高齢者の彼らは金銭ではなく、「大中華・大統一」という伝統的な中華思想によってからめ捕られたのではないか。

かつて内戦を戦った国民党と共産党だが、「統一」という思想だけは一致していた。だが、普通の台湾人には無関係だ。彼らは、台湾の民主と自由を守りたいだけ。「中華民国夢」は持たないし、必要もない。だから馬英九と国民党は台湾で人気を失ったのだ。

ポイント

大陸光復
「光復」は取り戻す、復興するという意味の中国語。内戦に敗れ台湾に逃れた蔣介石が、大陸反攻を諦めないために掲げたスローガン。実際に大規模な軍事作戦は行われなかった。

中華民国
1911年の辛亥革命を経て翌12年に孫文を臨時大総統として成立した。共産党と連携したが、孫文の没後に権力を握った蔣介石が共産党を弾圧。28年に国民政府を樹立し中国を統一した。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベラルーシ大統領、米との関係修復に意欲 ロシアとの

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ワールド

ロシア中銀、欧州の銀行も提訴の構え 凍結資産利用を

ビジネス

英中銀、5対4の僅差で0.25%利下げ決定 今後の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 8
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 9
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 10
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story