コラム

中国ネットユーザーの若者に広がる「江沢民ブーム」の謎

2019年03月15日(金)18時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

Too Young, Too Simple! / (c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<習近平時代に入って言論の自由が制限される一方だと感じる人々は、江沢民時代を何となく懐かしく感じている>

近年、中国のSNS上で「膜蛤(モーハー)文化」がはやっている。「膜」は崇拝の意味で、「蛤」はカエル。膜蛤文化とは、黒い眼鏡を掛けカエルとよく似た江沢民(チアン・ツォーミン)元国家主席を崇拝する意味を含むまねや揶揄を指している。略称は「膜蛤」だ。

2000年のこと。北京で香港メディアの記者の質問に対し大変怒った江沢民は、北京語、広東語、英語を使って身ぶり手ぶりも加えながら記者に「人生の道理」を説教した。その後、動画がネットに流出。国家指導者の厳粛ぶった「仮面」を見慣れた中国ネットユーザーは、初めてその真実の一面を見た。

「若者よ!君たちは too young, too simple!」「わしは年長者として君たちに人生経験を教えよう」「君たち!わしを批判してニュースを書こうとばかり思うな!君たちは naïve!」などと説教する言葉が中国のネットでシェアされ始め、みんな面白がってまねした。この件が「膜蛤」の起源だと言われている。

江沢民の「説教」から十数年がたち、習近平(シー・チンピン)時代に入って言論の自由が厳しくなる一方だと感じる人々は、江沢民時代を何となく懐かしく感じている。習近平と風貌がよく似ているという理由で、中国政府が「くまのプーさん」をメディアから封殺。ディズニーの実写映画『プーと大人になった僕』の公開すら認めないことで、江沢民時代の言論の自由が今よりずっとマシだったことを思い知った。

現在92歳の江沢民は1926年の中華民国時代に生まれた。民国時代に欧米的な教養を身に付け、名門・上海交通大学を卒業した知識人だ。これも民国文化が好きな若者や、中華民国すなわち台湾の民主化に憧れている知識層の好感度を上げた。こういった理由から今の中国のSNSでは「膜蛤文化」が盛んになり、江沢民の誕生日になると「膜蛤」ファンがネット上で誕生日のお祝いをしたり、パーティーを開くこともある。

ただ、いくら文化的で知識人でも、彼はあくまで共産党の独裁体制を維持するため法輪功を弾圧したこともある「もう1人の独裁者」だ。それでも中国の人々はやはり江沢民時代を懐かしがる。「最悪の悪人と遭ったときに、少しマシな悪人を懐かしく思うのと同じだ」と、ある中国人作家は言った。

【ポイント】
苟利国家生死以/岂因祸福避趋之

「国に利することなら命を懸けて行い、自分の禍福を理由に避けたりしない」。89年の天安門事件後、江沢民が共産党総書記に選ばれたときの発言。

+1s
中国のネットスラング。江沢民の長寿を不可解に思ったネットユーザーの「自分の寿命を1秒削って江沢民の寿命を1秒伸ばす魔法がある」という冗談から広がった。

<本誌2019年03月19日号掲載>

※3月19日号(3月12日発売)は「ニューロフィードバック革命:脳を変える」特集。電気刺激を加えることで鬱(うつ)やADHDを治し、運動・学習能力を高める――。そんな「脳の訓練法」が実は存在する。暴力衝動の抑制や摂食障害の治療などにつながりそうな、最新のニューロ研究も紹介。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは156円前半でほぼ横ばい、日銀早期

ビジネス

中国万科の社債急落、政府支援巡り懸念再燃 上場債売

ワールド

台湾が国防費400億ドル増額へ、33年までに 防衛

ビジネス

インフレ基調指標、10月の刈り込み平均値は前年比2
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story