コラム

東京国立博物館の『顔真卿展』に激怒する現代の紅衛兵

2019年02月01日(金)18時50分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China’s New Red Guards / (c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<台湾の故宮博物院が中国の書家、顔真卿の文稿を東京国立博物館に貸し出したことに、中国のネットユーザーは大炎上したが......>

東京国立博物館が1月16日から書の特別展『顔真卿――王羲之を超えた名筆』を始めた。顔真卿(がん・しんけい)は中国・唐代の政治家・書家で、書聖と言われた王羲之(おう・ぎし)と並び、中国人に最も尊敬されている。特に今回、日本で初公開された肉筆「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」は、「天下第二行書」と呼ばれる中華圏屈指の名書だ。

ところがこの「祭姪文稿」の日本初公開をめぐり、中華圏で大騒ぎが起きた。まず、台湾人司会者が台北故宮博物院が至宝として収蔵するこの文稿を日本に貸し出すことについて、破損が懸念されるとの理由でテレビ番組の中で批判した。この言葉はすぐに大陸の官製メディア「環球時報」に利用された。

「台北故宮博物院が日本にこびを売るため、こっそり国宝の祭姪文稿を日本に貸し出した! 中華民族の気骨を代表する文稿を日本に貸し出すなんて全く無節操な振る舞いだ。しかもわれわれの記者の取材によると、日本側はこの大切なわが国宝に対して、なんの特別保護もしていないし、誰でも勝手に写真を撮ってもいい」――というあおり記事だ。

この記事はたちまち中国のSNS上で広がり炎上した。「中国人でも見られないものをなぜ日本で展示するのか」「民族の気骨がないのか? 日本人に貸し出すなんてけしからん」。真相を知らないネットユーザーは腹を立て、批判が殺到した。

しかし、この怒りは特別展が開幕すると徐々に収まった。現場を訪ねた中国人たちが展覧会の本当の様子を自らの目で確認し、SNS上で発信したからだ。「祭姪文稿はきちんと特別展示室に保護されている」「撮影はもちろん禁止」。中には「世界最高レベルの書道展だ! 素晴らしかった!」という声もあった。確かにこの千年を超えた名書は中国人だけでなく全人類の歴史遺産だ。今回の特別展は、中国の伝統文化を世界に披露する絶好のチャンスでもある。

しかし中国人は共産党政権の中国が成立して以来、文化大革命などで数え切れないほど文化破壊を起こしてきた。この「祭姪文稿」がもし中国に保存されていたら、今も見られるかどうか疑問だ。偽ニュースで簡単にあおられる今回の様子を見れば、なぜ中国で文化破壊が起きたのかよく分かる。

【ポイント】
祭姪文稿

顔真卿が戦乱で非業の死を遂げた姪を追悼するために書いた弔文の原稿。国家に忠義を尽くした顔真卿の悲痛と義憤に満ちた、情感あふれる作品とされる。

台北故宮博物院
正式名称は国立故宮博物院。国共内戦で形勢が不利になった国民党軍が、48年から49年にかけて大陸から運んだ第一級の所蔵品を展示。北京にも故宮博物院がある。

<本誌2019年02月05日号掲載>

※2019年2月5日号(1月29日発売)は「米中激突:テクノナショナリズムの脅威」特集。技術力でアメリカを凌駕する中国にトランプは関税で対抗するが、それは誤りではないか。貿易から軍事へと拡大する米中新冷戦の勝者は――。米中激突の深層を読み解く。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story