コラム

新宿の「日常」:朝の酔っぱらい、喧嘩、サラリーマンの群れ──さらに新たな境地を求めて

2019年09月13日(金)11時15分

新宿を舞台にした「Transit Station - 乗換駅」のシリーズは、そんな大西を新たな境地に導き、世界的に大きな評価を得るようになった作品だ。会社員である大西自身が通勤のため毎日通過する新宿の時間・空間に絞ったものだ。

そこで出合う普通の日常とは違った、だがそれもやはり東京の日常ではある光景――朝の酔っ払い、あるいはヤク中、ヤクザがらみの喧嘩、そのすぐ近くを何もなかったかのように通過している新宿駅のサラリーマンの群れ――そうしたものに枷(かせ)をはめ、コンセプチュアルなストリート写真として撮影したものである。

大西自身がサラリーマンであるだけに、それは彼の目を通して、新宿、いや東京のサラリーマンが心の中で感じていることのメタファーにもなるのである。

さらに彼は、ストリート写真を通して、また新たに自らの写真を変えようとしている。テーマとコンセプトだけでは自身の想像の範囲を超えられないと思う、と彼は語る。同時に、これは迷いでもあるのだと。

「そこからどうすればいいのか分からず、まずは1年間、今まで以上の枚数を撮るということをしてみた。また『撮影に行く』という意識から『そこにいるから撮る』という意識に変えた。それらを通じて、撮ったものの総体からセレクトして外に出すというプロセス全体をスナップ行為として捉え、最終的に出てきた写真が自らを映しているものと考えるようになった」と、彼は言う。

「......ただ、このままでは良いと思えず、次のステップを模索中」

とはいえ、彼は本能的に次のステップ――あるいは写真の本質――を分かっているのかもしれない。

このブログで幾度も述べてきたように、ストリートフォトグラフィーを含むドキュメンタリーフォトグラフィーには2つの属性がある。1つは、客観的に目の前の要素を見つめること。もう1つは、自身のメタファーとしての属性だ。その2つが重なり合って、新たな価値観を生み出すのである。

それはある種、脳の働きのようなものだ。論理機能に優れ、過去と未来の感覚を整理する左脳と、現在の感覚認知機能を軸として、周りの環境と自らの感覚機能をシェアしようとする右脳の合体。それが効果的にすさまじいスピードで一瞬にシンクロするとき、人はとてつもない力を生み出す。写真もまさにそれなのである。

今回紹介したInstagramフォトグラファー:
Tadashi Onishi @tadashionishi

20190917issue_cover200.jpg
※9月17日号(9月10日発売)は、「顔認証の最前線」特集。生活を安全で便利にする新ツールか、独裁政権の道具か――。日常生活からビジネス、安全保障まで、日本人が知らない顔認証技術のメリットとリスクを徹底レポート。顔認証の最先端を行く中国の語られざる側面も明かす。

ニューズウィーク日本版 教養としてのBL入門
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月23日号(12月16日発売)は「教養としてのBL入門」特集。実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気の歴史と背景をひもとく/日米「男同士の愛」比較/権力と戦う中華BL/まずは入門10作品

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

フジHD、33.3%まで株式買い増しと通知受領 村

ビジネス

アングル:日本株の年末需給、損益通算売りの思惑 グ

ビジネス

インタビュー:ラピダス半導体にIOWN活用も、供給

ワールド

インドの卸売物価、11月は前年比-0.32% 下落
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story