コラム

花のマスクをかぶった「最後のマッチョ」──老いた現実

2019年04月04日(木)20時15分

それを表すため、花のマスクを作り、それも被写体の男性は手の筋力が弱いため、金属で補強しながら撮影したのである。美しい花だった頃への記憶、同時に老いた自身への不安という二重の心情だ。

自らの娘、アストゥリドを扱ったプロジェクト「New Ghosts」(新しいゴーストたち)も、シニコスキーの独特なセンスがその作品プロセスと結果に現れている。白夜と極夜が何カ月も存在するフィンランドの自然を通して、子供心が出くわす恐怖をゴースト(幽霊)やモンスターにたとえた、娘の心情のメタファー的な作品だ。

さまざまなアイデアを娘と話し合いながら、しばしば日常に溢れた不用品を活用しながら、彼女自身を恐怖という名のゴーストとして撮影している。それは、子供心が出くわす恐怖へのメタファーでありながら、父と娘の関係、あるいは夢でもある。

それらが時として、シュールな遊び感覚で構築されている。例えば2枚目の写真(前のページ)は、透明なプラスチック容器を鎧のごとくまとい、ゴースト、あるいはモンスターになった娘の写真だ。

またこのシリーズは、極めて長期にわたるプロジェクトでもある。娘が4歳の時から始め、既に7年が経過している。その過程で娘の心境は変化しており、当初は恐怖へのメタファーであったものが、年月を経るにつれて、作品過程が楽しみに変わっていったのである。もはやフィンランドに潜むゴーストは、娘アストゥリドにとって恐れの対象ではなく、友達になってしまったという。

実のところ、こうした、目に見えない人々の心情、あるいは目に見えたとしても、年月とともに変化する人々の感情を切り取ることが彼の写真の真髄だ。

冒頭で触れたように、写真はさまざまな複雑な面を持っている。その属性上、目の前の現実をストレートに表すこともできるが、同時にその本質を時として覆い隠す。そしてシニコスキーとっては、目に見えないものも、変わりいくものも、すべてが現実であり、その瞬間ごとの異なるアイデンティティが1人の人間を、社会を、形成していっているのである。それを彼はドキュメントしているのだ。

ちなみに、シニコスキーは、作品タイトルや自身の名前にしばしば日本語も併用するほど日本好きな写真家だ。彼のウェブサイトwww.sinikoski.comにも、アルファベットで書いた自身の名前の下にカタカナで「シニコスキ」と記している。その理由は、数年前にアーティスト用の居住地で知り合った2人の友人が日本人だったということもあるが、精神面で日本とフィンランドは近く感じるからだという。

今回紹介したInstagramフォトグラファー:
Aki-Pekka Sinikoski @akipekkasinikoski

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story